寝苦しい夏の夜に

最近、本を読まなくなった。
以前は、最低でも一週間に二冊程度は読んでいたが、ここのところせいぜい二週間に一冊程度しか読んでいない。

ただ頻繁に本屋には行く。
文庫コーナーや新刊のコーナーで足を止めては、色々と本を物色する。そして、手に取ってはまた本棚にそれらの本を戻す毎日が続いている。本を読むこと自体に倦み疲れているのだろうか?

知らない作家よりは、知っている作家を安心して読む傾向がここのところ顕著になってきている。だが、ある作家の本をたくさん読むと、もうその作家の本を読む必要性が感じないようになってしまった。繰り返し読みたいと思うような作家は、すごく稀だ。村上春樹や村上龍なんかは高校生の頃から読んでいるのに、いまだに飽きないが、それ以外の作家はそうはいかない。 ある時点で、なんとなく分かってしまう。テーマやスタイルを変えようが、作家が言いたいことは常に一貫している。それが見えてしまうと、飽きてしまう。

ひとつひとつの著作をパスルのピースに例えると、分かりやすい。その全体のテーマが広大であればあるほど、文学性は高まり、パスル全体の大きさは大きくなる。そして読み手にとっては、いつまで経っても完成図が見えないので、ついついパズルのピースを付け加え、全体を理解したくなる。それは絵画や映画にも当てはまると思う。

芸術という漠然としたものと同じように、人生をパズルに例えるとどうだろう。
自分のそのパズルは、そろそろその全体が見え始めている。そういう年齢になってきていることを感じる。それと同時に、それがひどくつまらなく思えてしまう。なにをどうしたいのか確固たるものを持つのはいいが、パズルの全体が見えるのには、まだ早すぎる。今更、ひとつのひとつのピースをはめ直すことは不可能だし、その必要も感じない。

だが、最初に意図していたものとは、ずいぶんと違ってきている。それは妥協や怠惰なことと、ひどく密接に結びついている。ひとつひとつのピースに本当はもっと時間をかけて、はめていけばいいのだと思う。どこかで割り切りやあきらめが入り、シャープなエッジが効いたピースではなく、まん丸い気の抜けたピースをはめ込んできた気がする。

自分の完成にもっと時間をかけるべきだった。
自分探しなどという陳腐なことでなく、自分自身の人生を通じて、いかに他者や社会に貢献できるかを真剣に考えることが必要だったのだろう。その場その場の判断で、漠然とここまで来てしまった。それは歳を取れば取るほど顕著になる。初めの頃にあった謙虚さはなくなり、自分に対して傲慢とあきらめ、他者に対しての無関心さが合わさり、判断が鈍くなる。
そろそろつぶしが効かなくなる年齢だし、なにかをやり遂げるにはもうそれほど時間はない。以前は行動さえすれば、物事は前進すると思っていたが、それが通用する歳でもなくなってしまった。判断の精度やディテールにこだわりを持たないと、すごく陳腐なパズルが完成してしまうことになる。

「自覚されたことはすべて正しい」とオスカー・ワイルドは言った。
そして、自覚することほど難しいこともない。自分が築き上げつつあったパズルを自覚を持って、どのように変更するかはその自覚の精度と深度にかかっている。

初夏のある夜

人との出会いは、不思議なものだ。

先週、8年前ほど知り合った友人の誕生日パーティーに行った。
彼が主演を努めた「ハブと拳骨」という映画の公開記念イベントも兼ねていたので、それは盛大なものだった。

もともとはモデルの女の子からの紹介だったのだが、彼女に紹介されたその日になぜか一緒に朝まで飲んだ。
そのときはまだ俳優ではなくメンズモデルとして活躍していた。
夜中の三時過ぎくらいになり、ほどよくどころかかなり酔っぱらった僕たちは、自分たちの仕事について色々と語り合った。

「男でモデルをしているというと、必ず頭悪いと思われるんですよ」と苦々しい表情で彼はぼつりと言った。誇りを持って仕事をすれば、どんな仕事でも素晴らしいなんてことは机上の空論で、現実は先入観で頭が固くなった人たちと、効率ばかり優先させてクオリティに気を配らない人たちが多勢を占める。

ただ根気よく続ければ、自分と価値観を同じ人が見つかり、満足ができる環境で心置きなく、自分の 能力を発揮できる仕事ができるようになる。彼はきっとそういう環境を築き上げつつあるのだろう。

今日、ロンドンでヘアスタイリストをしているゴウくんとたまたまスカイプで話した。彼も一昔前は、ガスも電気も通らない工場のようなところで友人たちとフラットシェアして、飲み代にも困るような毎日だったのが、今ではマリークレールやヴォーグなどの一流雑誌の仕事をしている。

ふと、彼と一緒にロンドンに残っていれば、自分の人生はどのような展開を見せたのだろうかと考えることがある。ファッション写真に大して興味がないので、きっと金にならないドキュメンタリー写真をひたすら撮り続けて困窮した生活が長く続いたことは確かだ。フィルム代と現像代がやたらと高いロンドンだったので、写真すら撮り続けていられたか疑問だ。

そう考えると、悪くはないのかもしれない。

不思議な縁で今いる環境にいるが、心の底では人生に感謝している。
そして、そこから振り落とされないように次のステップを模索している。

あの頃、まだ学生だった彼が宮崎あおいと共演するようになるとは、夢にも思わなかった。 そうして、着実に周りの人間はステップアップしている。それはとても喜ばしいことだ。

誕生日パーティーをあとにした僕は、地下鉄の終電に間に合わせるため12時過ぎに渋谷駅へと向かった。 終電は12時過ぎまであると思っていたが、いつの間にか時刻表が変わっており、乗り遅れてしまった。 仕方なくJRで行けるところまで行くことにした。

駅に着くと、ビールを買って家まで歩いて帰った。40分ほどかかったが、歩くには気持ちのいい夜だった。
子供の頃の時間は、一瞬一瞬ちゃんと切り取られ、それが過ぎ去ることを体感することができたが、今では昨日食べたランチすらよく思い出せないほど、時間が連なっている。

一瞬ごとの区切りが、いつのまにか一分ごとになり、そして一時間となり、やがて一日一年と区切りが長くなっていく。ちゃんと注意していないと時刻表が変わったことにすら気づかず、終電を逃すことになる。

今までそうやって多くのことを見逃してきたのかもしれない。

ただ、それでもやはり時間は過ぎ去り、モデルから映画の主演俳優になったり、ゴウくんのように一介の大阪の美容師からイビサ島のヨットでグラビアアイドルと仲良く一緒に写真に収まるほど出世したりする。
(トップレスの金髪美女に囲まれている写真を送ってくれたが、ブログに載せるなと言われたので、残念ながら お見せできません)

時間を連なったものとして漠然と消費せず、一瞬一瞬濃密に生きていく人間がなんらかの形で自分自身という存在をこの世界に残していくのかもしれない。この世の形あるものは、すべてそういった大切な一瞬から形作られ、当人のみしかその一瞬の大切さは認識できないかもしれないが、作品という形で共有されたり、その人たちに直接触れ合うことによって伝わっていくのだろう。

寝苦しい初夏の夜に、少しはこうして自分自身を見つめ直す時間を持つことからまずは始めてみようかと思う。

終わりよければ、すべてよし

致命的なことはえてして、些細なことから始まる。

日本へ帰る飛行機は、夜10時発だった。
かなりの余裕を持って空港へと赴いたが、サンパウロは深夜発のフライトが多く、すでにセキュリティチェックのための長蛇の列が並んでいた。

仕方がなく並んだが、遅々として前へ進まない。
セキュリティチェックを済まして出国審査のための列に並ぶころには出発時間がかなり迫っていた。このとき、周囲の人間に出発時間が間近なことであることを告げて、列を追い越せば良かったのだが、なんとかなるだろうという安易な楽観主義が頭をもたげて何の行動を取らなかったことが元凶だ。

出発10分前になると、コンチネンタル航空の係員がまだ搭乗していない乗客を呼びに来た。さすがに焦り前に並んでいた二、三人の人を追い越し、空いている出国審査のブースに走った。しかし、あろうことかごつい黒人の出国審査官は目の前に立っている僕にまるで気づく様子もなく、一心不乱に携帯でメールをしている。一刻の予断も許さない状況になっていたので、窓口の窓をとんとんと叩いて、注意を促した。そしたら、なぜかその出国審査官は激怒し、ポルトガル語で大声で罵り始めた。

本当に困った。
普段ならここで思い切り言い返して相手をやり込めようとするが、状況が状況なだけにとにかく謝り、早くしてくれと言った。
(もちろん、英語を解さない彼に何を言っても無駄なのだが・・・・・)

そもそも仕事もせずに携帯でメールをしている彼が悪いのに、どうしてこういう羽目に陥ってしまったのだろう。コンチネンタル航空の係員は状況を英語で説明してくれて、「君は彼に無礼なことをしたので、事務室へ来いと言っている」とのことだった。「残念なことに君が乗るはずだった飛行機のゲートは閉じられたよ」とも付け加えた。

最悪な事態だった。
とにかくその無駄に筋肉をつけた黒人の出国審査官のあとに従い事務室へと付いていった。コンチネンタル航空の係員も一緒に来てくれた。

そこで応対した人間はもっと性質が悪く「おまえはブラジルに来たのは初めてか?」と聞かれたので「そうだ」と答えると「もう二度とブラジルに来れないようにしてやる!今度来たら、おまえは相当なトラブルになるぞ!」と脅された。
一体この人たちは何がしたいのだろう?
ブラジルで二回も強盗に襲われカメラは盗まれ、屈強な黒人三人相手に殴り蹴られて、頭にでっかいタンコブを作っても、ブラジルに対する愛情を失わずにいた。

Brazil, Yu-ki

そして最後の最後で、こんな目に遭うとは・・・・・・愛を感じるにも限界はある。日本人全般に何か恨みでもあるのだろうか。僕が何を言っても取り合ってくれなかったので、この場は早く切り上げ、急いで搭乗口に向かうことにした。コンチネンタル航空の係員は「もう飛行機に乗るのは諦めたほうがいい。明日の便を手配するよ」と言ったが、一縷の望みを持って、ひたすら走った。

不幸中の幸いで搭乗口は出国審査のすぐそばにあった。係りの人は僕を静止することなく、とにかく走れと言い僕はその言葉に従ってゲートまで行った。飛行機の扉は当然のごとく閉じられていたが、CAがトランシーバーで連絡を取り、扉を開けてくれた。

ブラジルではいつも手遅れになりそうなところで、救われる。
なぜか彼らは、緊急なときには柔軟な対応し、非常に迅速に対応してくれる。

奇跡的に飛行機は無事僕を乗せて離陸し、僕も安堵のため息をつくことができた。
これで飛行機に乗り遅れていたらひどく惨めな夜を過ごすことになり、二度とブラジルに来たいと思わなくなっていただろう。そういった意味でも、幸運だった。

今回の旅はついているのかついていないのか、よく分からない旅だったが、思い出だけはたくさん持ち帰ることが出来た。だが、次はハワイかニューカレドニアあたりでゆっくりバカンスを楽しむのも悪くはないと本気で思っている。

最後の夜

朝九時くらいに、ホテルをチェックアウトするために階下へと降りていった。今日はいよいよ旅の最終地サンパウロへ向かう日だ。最初に降り立ってから二週間強しか経っていないが、もうすでに随分長い間ブラジルに滞在している気がする。

チェックアウトの手続きをしていると昨日一緒にイグアスの滝を巡ったスイス人カップルがやってきた。彼らも今からブラジル側のイグアスに行くというので、一緒に行くことにした。ドイツ系スイス人の彼らは、ご多分に漏れずお堅い感じがしたが話してみると非常に気さくで、とくにダニエルはセネガルやインドネシアで建設を請け負う会社に勤めているだけいって見識があり、話していて楽しい人だった。

人はとかく見かけによらないものだ。

昨日のシルビアたちも学者然としたところがなく、また自分の気持ちを素直に表現できるコミュニケーション術を心得た人たちだった。日本にいると、そういったことを磨く機会が彼らと比べると圧倒的に少ないような気がする。同じ言語を話し、建前は同じ価値観を共有し、そして表面的には同じだと思われる目的のために生きている。誰も腹を割った話をしようとしないし、わざわざ親しい人にそんなことを打ち明けるのはどこか気恥ずかしい気がする。

Brazil

いつしか自分もそんな周りの環境に馴染んでいる。

シルビアはロマンティックという言葉とはほかに、英語で「In the bigger picture」という表現をよく使った。日本語に訳すと、「大局的に」あるいは「全体を考えて」ということになるのかもしれないが、そういう表現を使って物事を表現する機会も、出会いも最近なかったことに気が付いた。

「お金が欲しい」とか「成功したい」など個人の願望や欲望を表現する言葉や常日頃聞いているが、自分の耳にはほかの人あるいはコミュニティ全体を考えて思いやる言葉は入ってこないし、発せられたことも最近なかった気がする。

突き詰めて考えていくと個人的には打撃を蒙っても、全体を考えれば満足な結果が得られればいいのだろうか?

最初から結果を諦めて、全体の成果ばかり考えると何もできなくなるが、自分のできることは精一杯やって、それが大局的に見れば全体に役立つことはたくさんあるような気がする。全体のバランスを考えれば、余計な競争や嫉妬心、それに野心などもなくなるだろう。

人は納まるところに納まり、自分の居場所でできるかぎりのことをすべきだと思う。

その点、ダニエルは仕事で満足している人から放たれるオーラをぷんぷんさせている人だった。もちろん、第三諸国の救助とは名ばかりで、きな臭い話はたくさんあるらしい。他国への救助も、入札になることが多く、多くの場合豊富な資金を持っているアメリカが勝つのだという。スマトラ大地震のときも彼はインドネシアまで飛び、救援物資の手配などに当たったらしいが、そういった政治的な思惑が立ちはだかり、苦労したらしい。

本当に助けを必要としている人を前にしても、人間は余計なプライドや競争心が働くのだから、日常生活においてそういったことが介入してくるのは当然のことといえる。ダニエルはそれでも仕事にやりがいを感じ、西洋文明の価値観が通用しない日常を満喫しているのだろう。

Brazil

アルゼンチン側から見えるイグアスに比べると、ブラジル側のそれは見劣りはしたが、がっかりするほどの景色でもなく、一日の半分を費やす価値は十分にあった。ダニエルたちも夕方のバスでクラチーバに向かうとのことだった。

滝はもう見尽くしたので、カフェでビールでも飲もうということになり、日陰を見つけて僕たちは腰を落ち着けた。ダニエルは映画好きだったので日本の映画の話になり、「北野武は最近新作を撮っていないようだが、映画はもう作らないのか?」とか、「ロスト・イン・トランスレーションでの日本人の描き方は日本人を少し馬鹿にしていないか?」などと聞いてきた。

北野武は何本か撮っているが、以前ほどのクオリティではないことや、ロスト・イン・トランスレーションの日本人の描き方は、映画表現の手法としてそれなりに有効だと思うと伝えた。
(何事も極端に表現したほうが伝わりやすい。たとえばモンティ・パイソンではスコットランド人はずんぐりむっくりの赤ら顔で、アイルランド人はギネスばかり飲んでいるカソリック教徒ばかりというように)

Brazil

僕たちは仲良く一杯ずつ飲んで、帰路についた。ビールはダニエルが奢ってくれた。僕の飛行機は三時発だったので、それほど時間的余裕なかったが、今からホテルに荷物を取りに帰ってタクシーを飛ばせばなんとか間に合う時間だった。

ダニエルは僕がてっきりこのまま直接空港へ向かうのだと勘違いしていたらしく、長々と映画の話をしていたらしい。もうそれほど時間的余裕がないと気づいたダニエルは「本当にすまない。勘違いをしていた」といって駆け足になり、ホテルに向かうバスの時刻を聞きにいってくれた。やはり彼は時間に厳格なスイス人なのだなと僕はのんきに感心していた。

ここまで色々なことが起きると、飛行機のひとつはふたつ乗り過ごしても、ささいなことに思えたし、サンパウロまでたいした距離ではないので、乗り過ごしたところで、いくらでもたどり着く方法はありそうだった。

結局、バスには乗らずにタクシーをホテルまで飛ばして荷物を取りに行き、ダニエルとはホテルで別れて、再会を約束した。

ダニエルたちが住むジュネーブにはミハエル・シューマッハなど世界的な有名人がたくさん住んでいるので、そういう人たちのポートレート写真を撮りに来ればいいよと言ってくれた。

空港へは出発10分前に着いたが、飛行機の出発は予定より30分遅れるとのことだったので、なんの問題もなかった。ブラジルではこんなことは日常茶飯事だから、もうなんの感慨も受けなかった。

サンパウロへ無事着くと、着いた日に泊まったホテルにまたチェックインをした。結局、回りまわって出発地点に帰って来たわけだ。明日帰国すると思うと、少し寂しい気もしたが、あと一週間いろと言われたら、正直ごめんだ。また来たいという気持ちはあったが、今回の旅は思い出満載で、これ以上のハプニングは避けたかった。

Brazil, 最後の夜

サンパウロの闇はどこまでも深く、危険な香りと人々の物語が渦巻いていたが、今夜はホテルの周りをうろうろと散歩するだけにとどめた。最後の夜くらいは静かに過ごしたかった。ブラジルではこちらから何も求めていなくてもハプニングは向こうからやってくる。今夜くらいはサンパウロの闇に紛れて、息を潜めて通りから聞こえてくる喧騒に耳を傾けながら、今までの旅の思い出に浸るのも悪くはない。

ロマンティストよ団結せよ!

僕は何事にも準備を怠らない男だ。
知らないところへ行くときなどは、まずはグーグルで住所検索をし、そして乗り換え案内を駆使して、予定の時間よりも大幅に早く着くようにしている。特に海外に滞在するときは飛行機などに乗り遅れると大変なので、早朝の便に乗るときはいつも起きるべき時間の2時間ほど前から、熟睡モードからうたた寝モードにシフトし、心地よいレム睡眠を貪っている。(あまりに断続的な眠りなので、時々デビット・リンチばりの悪夢にうなされることもあるが)

かように常に緊張状態を維持して、ブラジルでも旅をしていた。ほとんどの飛行機が早朝の便であったのにも関わらず一度も乗り過ごすことがなかったのは、こういう状態を維持していたからにほかならない。

そんな僕だが、きっとイグアスの滝に行くことで、少し浮き足立っていたに違いない。前日にホテルのフロントでアルゼンチン側から見るイグアスの滝ツアーを申し込んでおいた。ここまでは完璧だった。ツアーの出発直前になってスイス人カップルが慌ててツアーに申し込んでいるのを、若干蔑む目で見ていたことをここに告白しておく。

全員が揃ったので、僕ら一行はワゴン車に乗り込んだ。メンバーは、先ほどのスイス人カップル、ブラジル人カップル、それにポルトガル人カップルと僕だ。ツアーガイドのブラジル人が出発の合図を告げ、車のエンジンがかかった。

そこで助手席に座っていたツアーガイドがこう言った。
「一応、念のために聞いておくが、みんなパスポートは持っているか?」

「はあ・・・・・パ、パスポート?」
よくよく考えてみればそれはそうだ、僕たちはアルゼンチンから、イグアスの滝を見るのだ。頭の中では都合よく、アルゼンチン側イグアスの滝と固有名詞化していたが、あくまでアルゼンチンは外国であり、ブラジル国外に出るにはパスポートがいる。

一瞬のうちにこのような諸々のことが頭の中を駆け巡り、僕は「ちょっと待ったああ!パスポート持っていません!」と大声を張り上げ、その勢いでワゴン車から飛び出し、一目散にホテルに取りに帰った。僕が飛び出していったワゴン車が笑いに包まれたのは、言うまでもない。

Brazil, Slvia Pedoro

特にそれがきっかけというわけではなかったが、英語が話せないブラジル人カップル以外の人たちとは仲良くなり、ワゴンから降りてイグアスの滝に向かう道で、色々と話した。ポルトガル人カップルは、シルビアとペドロと言い、シルビアの専攻は生物学で、今年ドイツの大学で博士号を取得し、2月からスタンフォード大学で働くという。ペドロも彼女と一緒にドイツの大学で博士号を取得し、一緒にサンフランシスコに行って会社で働くという。ペドロの専攻はコンピューターバイオロジーとのことだ。

スイス人カップルも、ダニエルという男性は博士号を取得し、今は第三諸国に井戸や建物を建設する会社に勤めているとのことだ。博士号とはいうものはそんなに気軽に取れるものだろうかと訝しがったが、きっと優秀な人たちなのだろう。それに特にそれを鼻にかけることもなく、とてもいい人たちだった。

特にシルビアはラテンの血がそうさせるのか誰に対してもフレンドリーで、僕が一人に参加していることを気にかけてくれて、イグアスの滝をバックに僕の写真などを撮ってくれた。

ボードに乗って滝壷まで行けるツアーだったので、それなりにエキサイティングで楽しかった。なかでも最も印象的だったのはデビルズフォールと呼ばれている滝が集まる谷で、これを見るためだけにここに来るだけの価値はある壮大な光景だった。隣でじっと滝底を眺めていたダニエルは、「この場所の名前がデビルズフォールと言う縁起の悪い名前で良かったよ。ヘブンズゲート(天国の門)なんて名前だったら、迷わず飛び込むくらい魅力的な光景だ」と言った。

Brazil, イグアスの滝

実際、幾つもの滝が流れ落ちる滝底は神秘的な魅力があり、ふと魔が差した瞬間に飛び込んでしまうかもしれない。覗き込んでいると、異世界の入り口のようにぽっかりと空いた滝底から湯気が立ち込め、鳥肌が立つ。

「あの滝底にはなにがあるのだろうね?」とダニエルに何気なく訊いてみると「マクドナルドがあったりして」と冗談でかわされたが、ずっと見ていても飽きない光景だった。僕たちは滝からほとばしる水しぶきでずぶ濡れになりながら、かなり長い時間ずっと滝底を眺めていた。

あまりに偉大な自然を前にすると、なぜ死への憧憬が生まれてくるのだろう。人間が本来持っている自然回帰への願望なのだろうか?この滝底に飲み込まれたらどんなにか幸せかという思いが募り、慌てて頭の中で打ち消した。

「70歳ぐらいまで生きたら、この滝底へジャンプして落ちながら、走馬灯のように自分の人生を振り返って死ぬのも、素敵な死に方かもしれないね」と僕はダニエルに言った。彼も「ここのフェンスは低すぎるよ。もっと高くすべきだ。そうでないと、そういうやつが本当に出てきそうだよ」と答えた。

Brazil, イグアスの滝

僕たちはそんな悪魔的な魅力を持った滝をあとにして、ワゴンに乗り込み国境を越えてブラジルへと帰った。ワゴンのなかの誰もがイグアスの滝に行ったことに対して達成感を抱いており、車内には幸せな気分が蔓延していた。

ホテルに着くとせっかく知り合いなったのだからということで、僕たちは一緒に夜ごはんを食べることにした。カイピリーニャを飲みながら自分たちの仕事の話になり、シルビアは自分の研究職がいかに報われない職業かを語った。

彼女が行っている研究は、ほとんど一人で行う種類のものでニ、三年を費やして、やっと成果が上がったと思って発表をしても、それよりも一日でも早くほかの研究者に発表されるとすべてが水泡に帰してしまうという。「本当はみんなが協力して、ひとつの研究に没頭すれば研究期間は短縮されると思うの。でも、絶対にそうはならない。世界的に権威がある学会に参加しても、発表されることはすべて既知のことばかりで、大事な研究は絶対に公の場で公表せず一人で抱え込むのよ。そして、完成させて初めて発表するの」

シルビアは「自分はロマンティックな人間だから」と僕たちに断りを入れて、「みんながもっと協力すべきで、一人の人間の成果よりも全体の研究に寄与することのほうが重要なはず」と訴えた。

研究職というのは自分には想像ができないくらい孤独で、徒労の多い職業らしい。彼女のように物事全体を俯瞰して見れる人間に取ってみれば、ほかの研究者が個人の成果のために血眼になって努力していることは許せない行為なのだろう。だからといって、全体への寄与という視点から物事を見た場合、個人の成果なんて所詮は雀の涙ほどの寄与しかできず、たいていの人間はそんなことを考えたら絶望に打ちひしがれ努力する気力すらなくなってしまう。誰もがアインシュタインやニュートンになれるわけでもなく、またなる必要もない。どこかで折り合いをつける必要がある。努力というものは、ミクロ的な視点によってのみ行うことができ、マクロ的な展望に立ってしまうと自分自身を見失う危険性がある。あくまで個人の成果があってこその全体への寄与なのだから。
彼女のような研究職の場合、もう割り切ってやるか心底信頼できる人たちを見つけて一緒に研究するしかないのだろう。

自分の状況に置き換えて考えて見ると、僕がブラジルくんだりまで行って写真を撮るという行為は、個人のレベルでは成果といえるが、人類全体を考えてみた場合、鼻くそ以下の価値しかない。それは個人や写真の優劣とは別次元の話だ。ただ常々思うことだが、他人の幸せを考える前に、自分の幸せを考えることは非常に重要だ。全体への寄与も結構な話だが、それよりも自分がやりたいと思うことやり遂げ、それが全体へ少しでも寄与できれば幸せなことだ。

シルビアがいう「ロマンティックな人間」たちは、そういう狭間でもがきながら、なんとか折り合いをつけて生きていくしかないのだろう。
遅かれ早かれ、人間は死ぬ。そこを人生の終着点として見定め、より多くのものを全体に寄与できればと願いつつ、小さいマクロなところで日々蠢きながら、生きていくのが人の一生なのかもしれない。

彼らのように非の打ちどころがないほどに頭のいい人たちでも、人生の根本なところで悩みながら生きているのだなと思い、なんだかほっとした。来月からはスタンフォード大学の堅物たちを相手にロマンティックなシルビアはどう対処していくのか非常に気になるが、きっと彼女ならやっていけるだろう。ペドロという良きパートナーに恵まれていることだし、彼らの熱意があれば周りの世界を彼らの色に染めることができるかもしれない。

ロマンティックな価値観がサンフランシスコから世界に広がることを心から祈った夜だった。

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