アフターパーティー

タイは肌に合う。
実際に過ごしてみて、心からそう思う。

インドやブラジルは好きではあるが、その気持ちはどこか片思いのまま留まっている。タイなら、それがいかにもしっくりくる。

とくに具体的ななにがそう思わせるのか説明は難しいが、タイなら何か物事がうまく進むような気にさせられる。もちろん、もっと長期に渡って過ごすと色々とあらが見えてくるだろうが、ほかの国からそんな印象を受けることすら稀だ。

ブラジルでは次に何が起こるかビクビクさせられるし、インドにいればどうにかして外国人から金をぶんだくろうという黒い欲望に支配された人たちからの絶え間ない接触を余儀なくされる。ヨーロッパなどは比較的過ごしやすいが、常に自分が外国人であることを実感させられ、距離感を感じる。それがいいように働くことも多々あるが、 どこか淋しく感じるときもある。

タイにはちょうどいい距離感と親近感が同居しており、それが相性がいいと人に誤解される大きな要素になっているのかもしれない。

フルムーンパーティーの翌日はひどい二日酔いで、起きるの辛く午後を過ぎてもベッドにうずくまっていた。短期間の旅程だったので、「もったいない」と言葉が頭をこだましどうにか体を起こしてシャワーを浴びた頃には昼の2時近くになっていた。

この日はなんの予定も入れていなかったので、だらだらと過ごす予定だ。

man

(男なのに、なぜか胸がある・・・・・・・・)

ぼんやりとしながら、明日からの予定を考える。
サムイ島は一周したので、違う島にも行ってみようかいう気になる。
美しい珊瑚礁とシュノーケリングで有名なタオ島へは、スピードボートで90分くらいとのことだったから、そこまで足を延ばしてみようと思い、日帰りツアーを予約しに近所の旅行代理店に行ってみることにした。

Thai, boy

(旅行代理店で待っている間少年と目が合ったので、写真を撮りました。彼はネットでマンチェスターユナイテッドのHPを見ていました。ファンなのでしょう。)

値段を聞くと「1400バーツ」とのことだったので、日本円で4200円くらいだったので悪くないと思い、その場で予約した。明後日は朝早くにバンコクへ旅立つ予定だったので、これでサムイ島での予定はすべて埋まったことになる。

その日はマッサージをしに行った後、ヨシロウと一緒にロブスターを食べにチャウェンビーチという島一番の繁華街までバイクを飛ばして行った。

Thai, lobstar

翌日が早かったので、その日の夜はあまり長居をせずにホテルへと戻った。
ビールを何杯か飲んでいたので、バイクの運転はかなり慎重になりながら、暗闇を走った。 タイに行く前にサムイ島好きなスコットランド人から「飲んだら絶対にバイクに乗るな!おれは事故ったやつを何人も見ている。
一緒のホテルに泊まっていたやつはみんな脛に焼けどの傷か、ひざに絆創膏を張っていたよ」と言っていた。 そして、しきりにバイクよりも絶対にジープを借りたほうがいいと薦めてくれた。

ごめんなさい、あのとき言い忘れたけど僕は車の免許を持っていません。
あまりに熱心に勧めるので、なんとなく言いそびれてしまった。

翌日、朝早く起きてタオ島へと向かった。
タオ島の海は噂に違わず非常に美しく、思った以上にたくさんの魚を見ることができた。 とくに午後に行ったマンゴーベイでは魚がうようよ泳いでおり手づかみで取れるのでは思えたほどだった。

Thai, Ko Tao

シュノーケリングは満喫できたが、あまりに大所帯のツアーだったので少し気分がそがれてしまった。イメージ的にはせいぜい10人ぐらいのグループに分かれた小さなボートで、シュノーケリングのポイントを回るのかと思っていたが、乗ってきた大型のスピードボードで回ったのであまりほかの旅行者と親しくなる機会がなかったのが残念だった。しかし、そのほとんどが家族連れかカップルだったので、それほど仲良くなることはなかったかもしれない。

結局、タオ島周辺の海でシュノーケリングを楽しんだだけでタオ島へは上陸しなかった。今度来たときは、この島に何泊してみるのもいいかもしれない。シュノーケリングでこれだけたくさんの魚が見れるのならば、ダイビングをすればもっと見れるはずだ。

サムイ島へと戻ったのは、午後5時を回った頃だった。
その頃には、ぐったり疲れていたのでホテルでゆっくりしたかったが、サムイ島で過ごす最後の夜ということもあり、またチャウェンビーチに赴き、晩御飯を食べた。

そして酔いを醒ますためにマッサージ屋に入り、一日の疲れをほぐして帰路へと着いた。いよいよ明日はバンコクへと行き、そして帰国の途に着く。ほんとあっという間の旅だ。今度来るときは、もっとゆっくりと近所の島々を回りたい。とくにフルムーンパーティーのあったバンガン島はヒッピーコミュニティがあり、面白そうだ。今度ぜひ行ってみたいと思う。

フルムーンパーティー

フルムーンパーティーまでの道のりは長かった。
バンコクで四時間待ってサムイ島へのフライトに乗り継ぐ予定が、さらに理由もそれに対する説明もなく待ち時間が延長され、結局六時間半ほど待たされてしまった。

旅の相棒のヨシロウは「ありえない」を連発し、いたく不機嫌だったが、アジアの旅は順風満帆にいくはずがないと最初から思っていた僕は仕方がないと諦めていた。

Yoshirou

(飯を食ったら上機嫌になるヨシロウくんです)

サムイ島の空港に到着したのは、結局夜の11時をまわった頃だった。
空港にはHISから派遣された現地旅行会社の女の子が来ており、僕たちをホテルまで送ってくれた。 彼女たちも空港でずっと待っていたらしい。

そんな状況だったのだが、「今日わたし釣り行きました。三匹釣れました。でもとても小さい」と彼女は上機嫌に話をした。 「それでそれは食べたの?」と聞くと、「まだです」と答えたので「やっぱり食べるのか」と妙に納得した。
タイ人は陽気な人が多く、こちらも気分もそれにつられて、ついつい陽気に話をしてしまう。

空港からホテルまでは車で10分くらいだったので、すぐに着いた。
一人旅の自由旅行に慣れていたので、空港まで迎えが来ているというのは、とても新鮮だ。

その日は近所のコンビニに行ってビールを買って、ビーチのそばに置かれているホテルのテーブルで飲んだ。波の音を聴きながら飲むビールは最高にうまい。

翌日、起きるとすでに10時近くだった。
思った以上に涼しいサムイ島では、寝苦しい夜とは無縁だった。
てっきりまだ寝ていると思ったヨシロウはすでに外出してしまったらしい。
走りにでも行ってしまったのだろうか?

朝食を済まし、フロントへ行ってフルムーンパーティーが開催されるバンガン島への船の予約をする。 六時から開催されるらしいが、あんまり早く行ってもどうかと思ったので、八時半発の船を予約した。 八時にホテルにピックアップしに来てくれるとのことだった。

今日はそれまで特に予定はなかったので、バイクを借りて島を一周することにした。 ホテルに一番近くのバイク屋に行ったが、もう借りられるバイクはないとのことだった。 すぐ先にもう一軒あるとのことだったので、昨日行ったファミリーマートまで行ってみると、その目の前に バイク屋があった。いくらか訊いてみると、「280バーツ」と言う。 あらかじめホテルのフロントの女の子に相場は250バーツだと聞いていたので、 「それじゃあ、高い」というとあっさり「じゃあ、君だけ特別に250バーツにしてあげるよ」と言われた。

無免許、ノーヘルだったが、フルスロットルで島を一周した。
「ウォー」と訳を分からないことを叫びながら、風を切って走るのは気持ちが良かった。 交通量が多いところはなるべく避け、人がいない辺鄙なところを走った。
バイクを運転するのはカンボジアに行って以来だったが、運転に支障はない。
途中、スパやレストランに寄りながらだったので、結局ホテルに帰ったのは夕方だった。

Thai, Ko Pha Ngan

ホテルに帰ると、ヨシロウもおりフルムーンパーティーのことを伝え、その前に一緒に食事を取ることにした。 きちんと20時には食事を取ってホテルに帰ると、まだ迎えのバスは来ていない。
タイではよくあることだ。
ようやく僕たちがバスに乗ったのは、9時半を過ぎた頃だった。
そして、船着場でも2時間ほど待たされ、バンガン島へ着いたのは、0時すこし前だった。

Thai, Ko Pha Ngan

とりあえずビーチを目指そうと思い、人の流れる方向へ歩いていく。
途中、悪名高い「バケツカクテル」を購入し、ビーチへと歩く。このカクテルは非常に飲みやすいのだが、 あとからかなり効いてくることが後ほど判明した。もちろん、判明したころにはすでに手遅れになっていたのだが・・・・。

トランス系の音楽が流れているところへと僕たちは、とことこと歩いて移動した。
ヨシロウは壇上へ上がりたいと言い出し、それに付いて壇上へ上がってみる。
上から見る風景はかなり壮観だった。

Thai, Ko Pha Ngan

その頃には、バケツカクテルを立て続けに飲み、すっかり酔ってしまい、気が付くとヨシロウもおらず、 一人ふらふらとビーチをさまよっていた。どういうきっかけか覚えがないが、たまたま日本人二人組みの女の子と知り合い、色々と話をした。明け方になって違うビーチへと見学に行こうということになり、それに付いていく。

Thai, Ko Pha Ngan

そのあとパーティーのあるビーチに戻ると男連れ四人組に声をかけられ「それはおれのビーチサンダルだ。 おれはそれをスペインで買った。だから返せ!」といきなり言われた。返す言葉もない。ドラッグが決まっていることは間違いないが、そうだとしても周りの友達の一人くらいは、止めても良さそうだ。しかし、馬鹿面下げてみんな揃いも揃って同じことをのたまう。 あほらしくなり、とっとと走って逃げ出した。
(ちなみに履いていたビーチサンダルはこれです。かわいいでしょ?)

一度振り切ったと思って腰掛けて休んでいると、またやってきて同じことを言う。
そろそろ潮時だと思い、サムイ島へと帰ることにした。

彼らは正気に返ったとき、こんなばかばかしい出来事で赤の他人を巻き込んで、不快な気持ちをさせたことを思い出すのだろうか?

Thai, Ko Pha Ngan

(どういう経緯でこの写真を撮ったか覚えがないですが、気のいい人たちであることは間違いないです)

サムイ島への船はものすごい混雑で、それにしびれを切らして順番抜かしをするやつが続出し、大混乱だった。
それでもなんとか船へと乗り込み、無事ホテルへと帰った。

Thai

最後は不完全燃焼な幕切れだったが、それはそれで楽しい思い出だ。
今後の人生においてブラジルくんだりまで行って買ったお気に入りのサンダルを、赤の他人が自分ものだと断言し、 しつこくつきまとわれることはまずないだろう。それしても、ドラッグは怖い。なるべく近寄らないほうが賢明だろう。

フルムーンパーティーは噂に聞くほど危険ではないが、万全を期するためにはバンガン島に泊まってホテルで休みながら、参加したほうが賢明のようだ。ずっと飲み続けて、踊り続けて参加すると途中で疲れてダウンしてしまう。
(それで、相棒のヨシロウは財布を盗られました)

日本の花見と同じで、満月なんてそっちのけでみんな楽しそうだったパーティーだった。

馬鹿への旅

うなるような暑い日々が続いている。
毎朝、汗だくになりながら、何とか浅い眠りを貪っている。
そんな日本を逃げ出すかのように、明日からサムイ島に行く。

タイに行くのはこれで三度目だ。
いつも通過するばかりで、ゆっくり滞在したことはなかったが、今回も一週間程度の滞在しかしない。それでも、この蒸し風呂のような日本をつかの間でも抜け出せることに感謝したい。

ブラジルで非日常的なほど危険な毎日を送っていたときは、「今度、旅をするならば絶対にリゾートがいい!」と心に決めていた。馬鹿になるほど平和なリゾートで、ゆっくりしたいと思ったのだった。
だが、今回は16日にバンガン島で開かれるフルムーンパーティーという悪名高いパーティーに参加予定なので、そうそうのんびりできる旅ではなさそうだ。

そして、今回はここ10年間で初めての男二人旅だ。
いつも気軽な一人旅なのだが、たまには気分が変わっていいかもしれない。
きっとだらだらとプールサイドでビールでも飲みながら、本でも読む毎日になるだろうと、 2500円分ほどの文庫本を今日買ってきた。旅の準備は万端なのだ。

ブラジル、タイとビールが安くておいしい国は、健康には良くない。
だが、ブラジルではきんきんにビールは冷えているが、タイではなかなかそうもいかず、氷を入れたりして 飲まないといけない。そうして、だんだんとおなかも壊してしまう。 今回はそんなことにならないように十分に注意するつもりだ。

前回のタイ旅行では、ケオというタイ人の写真家にバンコクを案内してもらった。
彼は僕が人生で会ったなかでも最もクレイジーな部類に入るやつなので、今回は会うかどうかは微妙だ。
会ったら会ったで楽しいのだが、その代償にウイスキーをしこたま飲まされて、大変な目に遭うのは火を見るより明らかだ。今回はバンコクには一日しかいないので、たぶん会うこともないだろう。

きっとタイのような国は、何年過ごしてもつまみどころのない国として、記憶に残るだろう。 インドやブラジルのような強烈な印象を受けることもないが、どこかミステリアスな国として、ずっと頭の底にこびりついている。同じアジアでもここまで日本と極端に対照的な国も珍しい。
(日本と似た国が果たしてアジア、あるいは世界にどれだけあるか疑問だが)

毎年夏になると、一ヶ月くらいバカンスを取りゆっくり旅をしたいと思う。
日本の真夏で正常な精神を維持して働くなんて、それこそ異常なことだ。
どうせ効率なんてあがりっこないし、一歩外に出れば灼熱地獄が待っている。
しかし、それでも働いてしまうのだろう。それはそれでとても尊敬に値する。
だけど、たまにはみんな馬鹿になってプールサイドでうだうだするぐらいのバランスを取るのがいい。
人生なんて真剣に考えようが、気楽に考えようが結果はたいして変わらないのだから。

それでは、アディオス!

遠花火

今日、ばらばらとめくっていた雑誌に、遠花火という言葉が載っていた。
俳句の季語として使われているらしい。

僕にとって花火といえば、祖父母が住んでいた真鶴で見ていた花火大会が思い出される。 祖父母の家からは、花火がよく見え子供の頃は毎年待ちきれないくらい楽しみにしていた。
敷き布団を重ねて、窓辺にかじりつき桃やスイカをかぶりつきながら見る花火に夢中だった。 今でも毎年花火を見るとその頃の状況がまるで昨日のことのように思い出される。
あれほど何かを心待ちにすることなど、今ではそうはない。

花火とはそのように見るものだった。
しかし、年頃になると女の子と横浜の花火大会や東京湾の花火大会に行くようになり、 そのたびに幻滅させられた。 どこに行くにも人だらけで、それに通行規制がひどく前に一歩を進めない。
そこまでして花火は見るべきものだと思ってもいなかったので、心底嫌気が差した。

子供の頃から花火そのものよりも、花火を見るその空間に僕は魅せられていたのだろう。 家族みんなで果物をつまみながら、敷き布団の上に寝転び見る花火は最高だった。 そんなゆるい空間がたまらなく好きだったわけだ。

昨日、隅田川花火大会があった。
うちから花火があがる浅草の吾妻橋までは、自転車で10分ほどしか離れていない。 せっかくなので友人たちを呼び、うちのマンションの屋上でバーベキューをしながら花火を鑑賞した。 子供の頃に見た真鶴の花火大会よりは小さく見えたけど、十分に堪能できた。
まさに遠花火だった。

ただ残念なことに、花火にはそれほど熱中できなかった。
子供の頃はそれに100%費やしていたのに、今では色々とつまらないことが頭を駆け巡り、 気分的にも遠花火だったわけだ。

花火に熱中できないのか、それとも今あるこの一瞬一瞬に熱中できないのか分からないが、 単純にそれほど感動できなかった。そして、それは花火だけではなくあらゆることに当てはまる。

遠花火一夜明ければ遠い夢

そんな気分だったわけだ。
何も考えずに花火を見ることができないと、まずいなと思った。
無邪気に花火の美に心打たれながら、無心にスイカをかじることはこの上ない幸せだと思う。 どうして、そんな単純なことができなくなったのか理解できない。
年を取って、やたらと不器用になったのだろうか?

遠花火とはうまくいったものだ。
その単語を頭のなかで反芻しながら、今夜は眠ることになるだろう。

新聞という時代遅れのメディア

ここのところ毎日イギリスの新聞ガーディアンの記事を読むようにしている。
http://www.guardian.co.uk

なかなかバラエティに富んだ記事が多く、興味が引かれる記事も多い。
イギリスに住んでいるときは、住んでいたフラットの一階にあったニュースエージェントで毎日購入して読んでいたものだ。
それが今や遠く離れた日本で無料で読めるようになるとは、そのときは想像もしていなかった。

そうして、毎日読んでいると日本の新聞がいかに低俗かということに驚かされる。
出会い系で知り合った男に殺された人たちは確かに気の毒だが、それをわざわざセンセーショナルに取り上げる必要があるのだろうか?また秋葉原の通り魔事件の犯人を執拗に追い、男が書いた掲示板の内容にまでわざわざ言及する必要があるとは到底思えない。

情報ならば、ネットのほうが早い。
新聞というすでにアナログになりつつあるメディアの存在意義は、読み手に取っていかに有益な情報を提供するかということだ。しかし、日本の新聞はただの無益な情報しか提供していない。それは記者クラブのような閉鎖的な機関が情報を統制し、各社ともに似たような記事しか流せない仕組みを作っていることも一役買っている。

そんなことを考えているとブログで、似たようなことを言っている人を見つけた。
http://d.hatena.ne.jp/guri_2/20080624/1214298936

少し前のブログなのだが、そのときピンポイントに自分の心を打ち、初めて他人のブログにコメントしてしまった。
(ゆうきという名前で、長々とコメントしているのが僕です。すいません、暑苦しい内容で)

昔は、世界で行われることを知る情報のソースは新聞かテレビのニュースしかなかった。それが今はネットを繋げば、情報が氾濫している。それでもなお、同じような底の浅い情報しか提供していない新聞というメディアは日本ではどんどん廃れていくだろう。

揃いも揃って、どこかで起きた赤の他人が起こした殺人事件ばかり毎日取り上げる日本の新聞に僕はとうの昔に愛想を尽かしてしまった。

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