中道を往く

物事には許容量というものがある。
失敗は誰でもするものだが、それがある程度を超えると取り返しのつかないことに繋がる。

全く同じことが成功に対しても当てはまる。
「子豚はぶくぶく太るが、太りすぎた豚は屠殺される」というように、欲張り過ぎるとあっという間に転落してしまう。

人間は失敗には馴れているが、成功には馴れていない人が多い。
誰もが道半ばで、どうにもこうにもにっちもさっちもいかないというのが、人生というやつだ。

それで急に金銭的に大きな成功などを収めてしまうと、とたんに欲深くなり簡単に自分の許容量というものを超えてしまう。それまでと同じように着実に生きていれば、成功は維持できるものだが、そうそう人間は謙虚になりきれないものだ。

ほどほどが一番なのかもしれないが、それが一番難しい。
どこまでいって、何をすれば自分は満足できるのだろう?
よく人はビジョンを持って生きろ、というようなことを言うが、実際そんなことを真剣に考えている人に出会ったことはない。
ほとんどの人が今この瞬間を刹那的に生きているだけで手一杯だ。

時々、自分の限界はどこだろうと疑問に思うことがある。
僕は昔から物事の見極めが早かった。
駄目だと思うと、すぐに違う方法を考え切り抜けてきた気がする。
なるべく自分が手におえる範囲で生きてきた。
なんだかそれにも飽きてしまった。

許容量を少し超えたところが限界なんだろうなと気がする。
それを超え過ぎても駄目だし、手前だと同じことの繰り返ししかならない。
自分を成長させるためには、その最後の一歩を踏み出して進むべきなんだろう。
その瞬間が今では待ち遠しい。

シルバーとシルバーの狭間で

シルバーサービス・ウェイターという仕事をご存知だろうか?
たいていの人は知らないと思う。
かくいう自分もその仕事をする当日まで、仕事の内容を知らなかった。

バーテンダーを辞めたあと、しばらくして見つけた仕事がそのシルバーサービス・ウェイターという聞き馴れない仕事だった。
求人広告でほかの仕事より少しだけ割りが良かったので、とりあえず申し込んでみたのだった。

その頃になると、「根拠のない自信」が「ちょっぴり根拠のある自信」というものに変わっており、十分ロンドンでもやっていけるのではないかと思うようになっていた。ときには己を知らないことがプラスに作用する場合もあるのだ。

面接に当たったのは気のいいオーストラリア人のジェイムズという人だった。
とくに仕事の経験や内容に対して聞かれず、世間話のような話をしてあっさり採用された。仕事内容すら定かではなかった僕だったけど、2年ほど経験があるというようなことをまたしても口走った記憶がある。

きっと2という数字が好きなのだろう。
あるいはロンドンでもバーテンダーとして経験を積んだし、日本でも喫茶「ジロー」でウェイターの経験が少しばかりあったので、どうにかなるだろうと思ったのかもしれない。

シルバーサービスということだから、なんとなく「老人介護か?」などと考えていたが、そんなことは全然なく、プライベートパーティーなどでナイフやスプーンを使って肉を取り分けたりする給仕係のことだった。

具体的な仕事内容というと、まずテーブルセッティングから始まり、それから自分の担当のテーブルにオードブルから順番に皿を運ぶのだ。けっこう気の使う仕事だ。たいていは金持ちか会社主催のパーティーが仕事場になる。

そんなことを露知らない僕の仕事初日は緊張の連続だった。
まず二年も経験があると嘘を言ったからには、それなりの仕事ぶりを示さないといけない。
しかし、フォークとスプーンを使って肉や野菜を取り分けたりするのには、多少のスキルがいる。それも決められた時間内に仕事を終えないといけない。

そこで僕の窮地を救ってくれたのは、これまた気のいいオーストラリア人の若者だ。僕よりも二歳ほど年下だったけど、その彼から色々と教わりなんとか危機を乗り越えた。
しかし、彼の名前は忘れてしまった。
プライベートでもけっこう遊んで、クラブやバーを飲み歩いた仲なのに・・・・・
まあ、そんなこともある。

とにかく、その日はなにしろ初日ということもあり、僕は一生懸命に働いた。
それが意外と好評で、それからは僕はVIP担当のシルバーサービス・ウェイターとして、しばらく働くこととなってしまった。

ようはそのパーティーに来ている要人担当ということだ。
おかげでウィンザー城でのパーティー、はたまたメージャー前首相やエリザベス女王などとも対面し、給仕をすることになった。
なんとも嘘のような本当の話だ。
いずれその話は詳しく書こうと思う。

初体験

ロンドンに住んでいた頃、生きていくためにいろんな仕事を経験した。
それはまさに純粋に生きていくために、食べていくために仕事をしていたので稼ぎも悪く、家賃や食費などのものすごくベーシックな要求を満たすのが精一杯の稼ぎしかなかった。
それでも周りの人間も似たようなものだったので、とくに不便は感じていなかった。
ただそれが一年以上続くと、さすがに辛くはなったけど、それ以外の事に関してはとても幸せな時期だった。

僕がロンドンで最初に就いた仕事がバーテンダーだった。
ロンドンに到着して二週間くらいで運良く仕事にありつけた。
手元のお金がそれほど多くはなかった自分にとって、それはとてつもない幸運に思えた。
それもロンドンの中心街に位置する四ツ星ホテルでのバーテンダーだ。
どきどきしながら面接に挑んだ。

経験者のみの募集にかも関わらずぬけぬけと二年ほど経験ありと嘘をついて、面接のアポを取った。
なんとなくなんとかなるだろうと思ったのだった。

バーテンダーは確かに特殊技能を有する職業だとは思う。
僕が高校の頃、トム・クルーズ主演の「カクテル」が流行ったから、それなりにバーテンダーという職業に憧れもあったし、漠然とあんな芸当は自分にできるのかと訝しがる気持ちもあるにはあった。
しかし、カクテルぐらいは誰でも作れるだろうとタカをくくっている自分がいた。
浅はかで向こう見ずな二十代前半の頃の話だ。

面接に行くとホテルの支配人が面接の応対をし、色々と質問された。
たしか彼はエジプト人だったはずだ。
面接自体にさしたる興味を示さない彼は、おざなりに僕のバーテンダーとして経験を聞いてきた。

日本はヨーロッパと違って酒などを主体としたカクテルなどがメインで、スタイルが違うなどと言い訳を交えながらあることないこと出まかせを僕はその彼に言った。
そして最初は戸惑うからかもしれないがこなせる自信はあると言い切った。
ここで重要なのは物事を言い切れる強さだろう。
僕の強みはこういったシチュエーションでも、根拠のない自信があることだ。
単純に楽天的で愚かなのもある。
ロシアでひどい目にあったりインドで筆舌に尽くし難い経験をしてから身に付いたものというよりは、生まれ持ったものが影響していると思う。

そんなこんなで面接を軽くクリアし、「明日から来い」と言われた。
だからその日に慌てて仕事に必要な必要な白いシャツと黒のスラックス、それに念のために「ハウ・ツー・メイク・カクテル」という本を購入し、万全を期した。
僕は何事にも抜かりがない男だ。

そして、いざ初出勤して驚いたことがある。
それは一人でバーを仕切らないといけないということだ。
バーテンの経験も皆無な東洋の小国に生まれた無知な若者が一人、世界的大都市ロンドンの四ツ星ホテルのバーを一人で取り仕切るのだ。
さすがの僕の自信もここで揺らいだ。
「大丈夫か、おれ?」と心の中で呟いたが、背に腹を変えられないのでやるしかなかった。

最も被害を被ったのは、そこに宿泊して一杯楽しもうとバーにやってきたお客さんだ。
ロンドンのホテルの宿泊費は高い。
それに四ツ星ホテルだ。
一泊三万くらいはするだろうか?
そんな金を払い「ピナ・コラーダひとつ」とバーテンに注文しても、そのバーテンはその生まれて初めて耳にする「ピナ・コラーダ」と耳慣れない言葉に「そんなものは置いていない」と妙な強気な態度で断るのだ。
「置いてわけないだろう!」というその客のセリフは最もで、すごすごとそのバーテンはカウンター下に隠しているハウ・ツー本のPの欄をめくり、納得顔で「今日は特別にピナ・コラーダをあなたのためにお作りします」と済ました顔で言ってのけるのだ。
最低最悪のバーテンダーだ。

僕が作り方を覚えたカクテルは全部で三種類しかなく、それ以外のオーダーは調べるか丁重にお断りするかしていた。
よくクビにならなかったものだ。
もちろん、そんなに長くは続かなかったが、ロンドンで食っていくためにそれぐらいタフでないとやってはいけないのも事実だ。

ロンドンで決定的に学んだのは、何事もまずはやってみるということだ。
簡単なようでいて、意外と多くの人は未経験のことをするのに尻込みをしてしまう。
誰だって怖いのは同じだし、失敗をするのは嫌なものだ。
それでもやってみる価値はある。
この生きている瞬間だっていわば未経験の瞬間のなのだから、それにちょっとしたスパイスを効かせるつもりで新しいことに挑戦をしてみるといい。
何年か経って思い返すのは、そういった漠然とした不安を押し殺して新たなことに挑戦したことに違いないのだから。

旅の醍醐味

今日は三連休のちょうど中日になる。
おとといはアイリッシュパブでビールをたらふく飲み、昨日は朝までカラオケだった。
今日も仕事関係の人たちと渋谷にもんじゃ焼きを食べに行く。

三十になったからかもしれないが、色々と付き合いが増えた。
人生の一番の喜びは、やはり人と人との繋がりから得られることが多い。

僕はたぶん人との出会いには恵まれているほうだと思う。
人生の要所要所で、そのとき自分が欲していた人たちと出会ってきている。
物事自分から欲さないと何も始まらないから、偶然と思えるような出会いもある意味、意図的なのかもしれない。

世の中の出来事に偶然はないと思う。
すべてが必然だ。
そう割り切った考えを抱かないと、人や物事に否定的な思いを抱くことがある。
結果的には、すべての責任を負うのは自分だ。
だからこそ僕は生きるのは楽しいと感じることができる。

何が起こっても、最終的には自分でどうにかするしかない。
旅をすると、そのことが体験的に分かってくる。
誰も知らない土地に一人きりでいると、人間は謙虚になる。
いや、ならざるを得ない。
そういうときは自分がとてもクリアになった気がする。
誰も知らない土地で一人きりで歩いているときほど、開放感を味わうことはない。
そして、そこからまた新たな出会いが生まれ、人間関係を派生させていくのことが僕は大好きだ。

やれやれ

イギリスに住んでいる頃、「ガーディアン」という新聞を愛読していた。
とくにその日曜版である「オブザーバー」は全部読み切ろうとすると、半日はかかるんじゃないかと思うくらい分厚い。

世界で最もジャーナリズムが発達した国のひとつだけあって、どの記事も皮肉と示唆に富んでいて面白い。なかでも印象深かった事件は、クリントンのスキャンダルだ。イギリス人は基本的にアメリカという国を毛嫌いしている。それはたとえば「ラブアクチュアリー」という映画でも顕著だった。

ヒュー・グラント演じるイギリスの首相は、最初はアメリカに対して軟弱な姿勢だったのが、とある事件を契機に強硬な態度に出て国中の喝采を浴びる。現在のアメリカ寄り外交に対する国民の意見が十分に反映されているエピソードだ。

対する日本のジャーナリズムは存在しないも同然だ。
それは客観性と批評性というものが欠如しているお国柄のせいではないか?

日本の社会は何事もルールに従わないもの、既成の枠を外れたものを嫌う。それは言い尽くされた言い方かもしれないが、単一民族で構成された国という事実が一役買っている。もとから人種の違う人間なんていないから、みんな同じで当たり前なのだ。

やれやれ、と思う。
ホリエモンに対するまるで犯罪者のような扱いなんか見ていると、もっと彼のような存在も受け入れて、皮肉とユーモアで交じりに捉えた方が楽しいに違いない。
やり方はスマートではないかもしれないが、古くなった既存の価値観はどんどん壊されていったほうがいい決まっている。

価値観や常識なんて時代ともに移り変わるものだ。
普段、自分と違う人種の人々と日常的に接している人々にとっては、このことは当たり前だが、意外とこの国では意識されていないように思える。

ちなみに僕は友人からは奇人・変人扱いされる。
ほんと、やれやれだ。

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