生活するように旅をするということ。

ずいぶんと昔の話しではあるが、高校2年の選択科目で「西洋美術史」という授業があった。普段は授業なんてまともに聞かなかったが、この授業のときだけは席を前の方に陣取って熱心に聞いていた。

毎回、授業では世界の巨匠と言われる人たちの作品がスライドで紹介され、ゴッホやピカソやモネ、ラファエロなどの作品について先生が講義をした。ゴーギャンとゴッホが同棲(?)しており、感情的になったゴッホが自分の耳をそぎ落とす話しや、ラファエロがバチカンで天井画を描いている最中、ずっと上をから落ちてくる絵の具のためにほとんど失明した話しなど、興味の尽きない話しばかりだった。

「芸術家とは」と言われたら、真っ先にこのようなエピソードが思い浮かんでしまう。それぐらい感情の起伏や執念がないと、歴史に名が残せるような名画は描けないのだろうなと高校生ながらも思ったものだ。そして、どうしてもそれらを実際に見てみたくなり、翌年にはパリのルーブル美術館、オランジェリー美術館、それにサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館などに行った。そして、世界遺産の三分の二があると言われるイタリアに三週間ほど滞在して、イタリアが世界に誇る美術品の数々を堪能した。

それ以来、バルセロナのピカソ美術館、アムステルダムのゴッホ美術館、マドリッドのプラド美術館、ベルリンの多くの美術館など色々と見て回っているが、やはり印象的なのは10代に見た本物の絵画たちだ。授業のスライドでしか見たことがなかった絵画が目の前にあるという事実がただ単純に信じられなかった。

フィレンツェのダビテ像、ルーブル美術館のサモトラケのニケ像、ラファエロの天井画、モネの睡蓮、ゴーギャンの「躍る人」などを実際に見た興奮は何ものにも代えがたい。

だからとは言わないが、最近は海外に滞在するときはわざわざ美術館の類は行かない。ただその街をぶらぶらと歩き、気に入ったものがあれば写真に撮る。ものすごくシンプルな旅の仕方になってしまった。

それで楽しいかと言われたら、「まあ、そこそこ楽しい」と答えるだろう。別に旅に興奮などはもう求めていない。違う国の空気を吸い、違う肌の人たちを見て、彼らと会話するだけでも得られるものは大きい。

生活するように旅をしたい。

朝起きて、シャワーを浴び、朝食を食べながらネットをチェックし、仕事をする。そして、気が向いたら辺りを散歩して、写真を撮る。別に悪くない時間の過ごした方だ。見る風景は変わるが、別にやっていることは日本にいるときと大差ない。そのような旅も別にあってもいいのではと思う。これからもしばらくはこのような旅を続けるだろう。特に理由もないが、強いて言うのであれば、「違ったものを見るため」と答えるかもしれない。

本質的に物事は変わらないという形而上学的な事実は抜きにして、環境が変わればそれなりに考え方も変わる。そのような自分を観察するのが、けっこう面白くもある。何かを目指したり欲したりすることは特にないが、常に自分自身を変えていきたいとは思っている。10年も20年も代わり映えのしない自分自身とは、自分ですら付き合いとは思わないから、周囲の人もそう思うだろう。

生活するように旅をする・・・・・・悪くないアイディアだ。

アーネストとミンとピンジェンとFACEBOOK

最初にアーネストがいて、次にミンがいて、それでピンジェンに繋がった。

昨日はそのピンジェンと彼女の友人たちと一緒に食事をした。とても楽しい時間だった。先月、シンガポール人のミンが東京に来たときに、彼が一週間ほど何の予定もなく東京に滞在すると聞いた。先進諸国の大都市で、外国人が一人で過ごす侘しさを熟知していたので、その一週間で三回ほど彼と会った。多くはほかの友人たちを招いて、楽しい時を過ごした。

そのことにいたく感激したミンは、僕が今月台湾に行くと聞いて、自分がFACEBOOKを通じて知り合ったピンジェンを紹介してくれた。彼も彼女と台北で会って、街を案内してもらったとのことだ。

ピンジェンと彼女の親友キャシー、それに日本語が出来る台湾人男性と彼の会社の後輩、総勢4名で出迎えてくれた。

ミンが食べて感激したという火鍋を食べて、それからタピオカ茶を飲みに行った。土曜の夜というのに、街はタピオカ茶やお茶を飲む人たちで溢れていた。台湾人はアルコールよりもお茶が好きらしい。

台湾人の生活ぶりや台湾にいる日本人の話しなど、色々と面白い話を聞かせてもらった。

なぜかピンジェンがすべての支払いをしてくれた。
こちらが払うと言っても、取り合ってくれなかった。キャシーが冗談めかして、「こんなの安いからいいよ。今度日本に行ったら温泉にでも連れて行ったください」と言った。温泉は分からないが、日本に来たらおいしいものでも食べにどこか連れていこうと思う。

思えば、自分もアーネストが友人たちと一緒に日本に来たとき、食事をおごってあげたなと思った。こうして世界は回っていくのかもしれない。ほんのちょっとしたきっかけで知り合った異国の人と自分の国で食事をし、お互い楽しいときを過ごしたら、その国に住んでいる人が支払いを済ます。そして、その人がまた海外に行ったら、同じような経験をする。

これも投資だなと思う。
相手に投資するわけではなく、自分自身への投資。とくに見返りを期待するわけではなく、海外から知り合いが来て、食事に行き、そして楽しいときを過ごせたら、それはそれでいい。

昨日はちょっと過去の自分に感謝した。そして何よりもアーネストやミン、それにピンジェンたちに感謝した夜だった。

COME TOGETHER! 2011年の抱負

1年の始まりに人は何を思うのだろうか?

ある人は目標を立てたり、またある人は久しぶりに家族と再会し、家族との絆に思いを馳せたり、様々な思いを抱くだろう。ただひとつ確かなことは、今日思ったことは来年の同じ日にはきっと忘れ去られ、人は新しい目標を立て、家族や友人についてもまた違った思いを抱き、ずっとそれを繰り返していく。

昔はそのようなことが無性にやるせなく、焦燥の念に駆られることに繋がったが、今はそれでもいいと思う。結局のところ、人生におけるある出来事を際立たせているのは、その他の多くのくだらない出来事を忘れ去る能力が秀でているからに過ぎない。

今日、久しぶりに両親と会い、4歳になる姪の話になった。彼女が父親から「幸せって、なに?」て訊かれて、「パパとママといること」と即答したと聞いた。もしかしたら、自分も4歳の頃には同じように即答出来たかもしれない。でも、今は出来ないし、これからも出来る自信がない。

ただ一つ言えることは、幸せとはただそこにあり、追い求めるものではないということだろう。

人は生まれて、生きて、年を取ったら子供のような状態に還っていくというが、その通りだと思う。人生、ジタバタしたほうが楽しい。ただ在ることだけが幸せという感覚はよく分かるが、きっとそれだけだと今は満足出来ない。人間とは、どこまでも欲深い生き物なのだ。

では、自分には一体何が出来るのだろうかと最近よく自問している。

自分が最も得意なこととは何かということを導き出し、それを表現して、より多くの人を惹きつけられたらと思っている。同じことを愚直に繰り返していくことがたぶん一番大事なのだろうなと思っている。去年、自分がやったことと言えば、自分が信頼している人たちに対して、多くの人と触れる機会を効率良く創出したことだ。そして、今年も同じことをもっと精度を高めてやっていこうと思っている。

ワンズワードのコアバリューは「 WE WANT TO CONNECT ALL THE BEST PEOPLE IN THE WORLD. (世界中の優秀な人々を繋げたい)」ということだ。それを今後どのように実践していくか、考えていきたいと思っている。

情報の海をサーフィンし、次世代へと紡ぐということ。

結局、自分は一体何をしたいのだろうか。
19歳の夏に日本を飛び出して世界を目指したのは、どのような動機だったのか思い返してみる。それは世界をこの目で見てやろうという前向きな気持ちと、このまま何も成さないで自分の人生が終わってしまうことへの恐怖心からだったように思える。

ただ生きて死ぬのが怖かった。自分の存在よりもより永続性の高い価値のあるものを残して死にたかった。ただ死ぬくらいならば早死したほうがよほど効率がいいとすら思っていた。だからこそ、故郷を離れて旅に出た。

その気持ちは今でも変わらない。
女性は子供を宿して、自分の人生を未来へと紡いでいくチャンスがある。男性はそのようなチャンスもなく、毎日、その日を生きるだけならば、いずれその存在は生活のなかに埋没し、見えなくなってしまう。

だから最初は文学や映画に惹かれて、徹底的にその勉強をした。永続的なものの答えが欲しかった。何かを残すだけではなく、自分以外の誰かにとっても価値のあるものを残したかった。

それが今では自分の会社を持ち、オンライン英会話スクールなるものを運営している。最初から目指していることはただひとつ、「自分自身が納得のいくサービスをほかの人々と共有する」ということだ。これからの変わりゆくグローバル時代は、より上流へ、誰もいない上流を目指さないと生き残っていけない。それは写真の世界で嫌というほど思い知った。

自分にとって会社とは何かや誰かをマネージメントする場ではなく、あくまで自分が納得するものを創り上げる場所である。自分が気に入らないものに関しては徹底的にそぎ落としていく。

この一年色々なことがあったが、まだ何の満足感を得ていない。自分自身が表現し、共有したいものはこんなことではないと自覚している。もっとリアルで、人々の胸に突き刺さる何かだ。

自分自身だけにしか出来ない何かなどない・・・・言ってしまえばその通りだ。でも、人はこぞってそれを目指す。そうしないと存在意義がないかのように。そのうちの誰かが本当にそれを成し得れば、それはそれでいいのではないかと思う。1人の偉人の前には、何万、何十万もの屍が横たわっている。歴史は常にそれを証明している。

幸いなことに、僕たちが生まれた現代はそのような偉業を成し遂げなくても、楽しく生きていける術がたくさん用意されている。なぜならば、人々がこぞって自分たちの人生を生き始め、有料無料を問わず、それを表現しているからだ。

テクノロジーがプラットフォームを用意し、人々はグーテンベルクの時代には成し得なかった多くのことをすでに成し得ている。

この情報の海をサーフィンし、人々に想いを紡いでいけたらと思う。僕の想いが届かなくても、僕の屍を上を通って、ほかの人々がその想いを紡いでいってくれたら素敵なことだ。

 

デジタル遊戯:情報の海を泳ぎ切るために

最近、人類の歴史について考えることがある。そのようなことを考えるといかに自分が矮小な存在であるかに思い当たる。

歴史の重み、歴史のうねりというものを生まれて初めて実感したのはトルストイの「戦争と平和」を読んだときだろうか。その本のあまりのインパクトに胸が熱くなった記憶は今でもとてもビビットに思い出される。

青春時代の自分にとって、本は永遠の象徴であり、自分の名前や存在を少しでも残しておこうとしたら、作家になるのが一番の早道に思えた。それから時は流れ、あらゆることは電子化され、本も例外ではなく、電子書籍というものが近頃では世間を賑わせている。別にそれについて感慨深くなることはないが、自分自身の存在を統計上の数字ではなく、きっちりとした形で残そうとした場合、今はどのようなメディアが適しているのだろうかと考えてみた。

つらつらとブログを書いてはいるが、どこかのサーバーが吹っ飛べばそれは跡形もなく消えてしまう。そして、それはデジタル化されたあらゆるものに当てはまる。写真、本、音楽、動画などはどこかのサーバー上に保存されており、それ自体が吹っ飛んでしまえば、我々に残されたものは何もなくなってしまう。

今ではクラウドサービスを利用して、自分のパソコンにデータを保存するよりは、GoogleドキュメントやDropboxといったサービスを利用して、サーバー上に保存することが当たり前になりつつある。誰もそれらがなくなってしまう可能性については、考えてはいない。

そして、人間関係ですらデジタル化され、ソーシャルメディア(ブログ、ツイッター、SNS)などを通じて、人と人が繋がるようになった。デジタル化されるということは、あらゆるものが広く浸透することにはなるが、物事を希薄化することにも通じる。

「戦争と平和」で描かれたような密度の濃いドラマが世界のどこかで繰り広げられているのだろうか。人と人とのあいだにデジタルが介在したとき、その関係性そのものに変化はないのだろうか。

すべてのものが手軽に手に入るようになったことと引き換えに、濃密ななにかを少しづつ失いつつあるのではと思う。10数年前に永遠と思われた本や映画がどんどん時代遅れになり、消費されていってしまう。あまりにも情報が増え、何が永続性があるかなんて誰も注意を払おうとしない。

時の流れが早まったから、消費のスピードも加速度的に早まったのだろうか。そうは思わない。ただ無駄なことや無意味なものが氾濫しているから、本当に価値のあるものがそのなかに埋もれつつあるのではないだろうか。人類の歴史とは、常に発展の歴史でもある。だが、テクノロジーの進化が、物事の価値を著しく貶めることもあるのだとそろそろ自覚する必要がある。

世の中の価値のあるすべてのものは濃密であり、その凝縮されたエネルギーが人々を圧倒する。これからデジタル化が進まるにつれ、教養なんてものはなくなり、誰もが自分自身が主体となって発信するだろう。そして、いくばくかの名声を手に入れ、悦に入るかも知れない。だが、その名声はアンディ・ウォーホルが予言したように十五分しか続かない。僕たちの時代にトルストイが残したような人類の遺産と言えるべきものは残せるのだろうか。

もちろん、最後は歴史が証明してくれるだろうが、その歴史すらもデジタル化され、均一化される怖れがある。これからは冷静にもっと物事の価値に目を配る必要がある。アナログでもデジタルでも眼に見えるものはすべては嘘をつき、目に見えないものにこそ本当の価値が内包されている。それを選別する能力を身につけないと、いつまで経っても情報の氾濫のなかでもがき続けるだけだろう。

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