イグアスへの旅路

リオの空港に着いてみると、様子がおかしいことに気がついた。
空港にあるすべての時計の針が1時間進んでいるのだ。

イグアスに行くためには、サルバドールからリオに向い、そこで飛行機を乗り換えることになっていた。僕の飛行機はリオを10時30分に発つ予定だったが、リオの時計はどれもすでに10時40分を指している。つい先ほどサルバドールからリオに到着したばかりだというのに、これは一体どうしたことなのだろう?目の錯覚でもない限りどちらかが間違っていることになる。

リオの空港の時計すべてが1時間進んでいる可能性は非常に低いので、どうやら僕が間違っているらしい。だが、僕はサルバドール発イグアス行きのフライトをオンライン予約したが、途中の乗り継ぎの便は自動的に予約され、なにも指定していない。それにプリントアウトしたフライト情報には、はっきりとリオの到着時間は9時20分と明記されている。

ブラジルのオンライン予約は、きっと時差を考慮に入れないのだろう。ブラジルではパソコンですら、時差ぼけするのだから、そこに住んでいる人々が、少々度が過ぎても仕方がないのかもしれない。
(そもそもたいした距離ではないのに、サルバドールとリオに時差があるのがいけない)

GOLの係りの人を見つけて、早速チケットの手配をお願いする。
応対に出た女の人がチェックインカウンターの責任者を呼んでくれた。その男の人は以前にも面識のある人だった。

リオの空港では三脚が一切持ち込み禁止になっており、リオからサルバドールに向かうときにこの大柄なウィリントンという名札をつけた男の人にお世話になったのだった。そもそも成田でも、経由したNYの空港でも、そのほかのブラジルの空港でも三脚の機内持ち込みは認められたが、ここリオだけは認めてもらえなかった。
(セキュリティチェックではかなりもめたが、彼のところに連れて行かれて、なんとなく安心できる人だったので、その処理を任せた。そのおかげで三脚は無事サルバドールに運ばれた)

彼は自分では英語はたいして話せないと言ったが、こちらの意図はすんなり汲み取ってくれるので、コミュニケーションが取りやすかった。今回も身振り手振りで説明して、彼は「オーケー」と言ってチェックインカウンターのなかにある小部屋に引っ込んだ。5分ほどして出てくると、手には新しい搭乗券が握られており、それには11時発と書かれている。時計を見ると、すでに11時を少し過ぎているが、彼は「ノープロブレム」と言ってチケットを渡してくれた。

慌ててセキュリティチェックを通り、ゲートに向かうとまだボーディングは始まってもいなかった。確かに「ノープロブレム」だった。

ブラジルではこんなことは日常茶飯事なのか、みんな親切かつ迅速に対応してくれる。インドやほかの国では、同じようなことが起っても「絶対に自分は間違っていない」という態度を崩さず追加料金などが発生するのが当たり前だが、ブラジルでは気持ちがいいくらい臨機応変に対応してくれる。
(そもそもパソコンが時差ぼけを起こすのが問題なのだから、ブラジルの美点とまでは言えないかもしれない。それに資本主義に毒された人間にとっては、時差ぼけをするオンライン予約システムは耐え難い産物に映るかもしれない)

早朝の便に乗るために朝の3時に起きて、結局イグアスに着いたのは昼の2時を回った頃だった。空港からはタクシーに乗り、ガイドブックに載っていたホテルで下ろしてもらってチェックインを済ますと、シャワーを浴びて仮眠を取った。

Brazil

1時間ほど経って起きて階下にあるロビーに下りていくと、日本人らしい女性が一人でソファに座っていた。珍しいなと思い声をかけてみる。やはり日本人だった。彼女は海外の旅行会社主催の南米周遊45日間ツアーに参加しているのだという。海外の旅行会社主催のツアーに参加しているくらいなので、てっきり留学生か何かだと思ったが、違うらしい。佐賀県在住だが、日本の旅行会社主催のツアーでは満足できるツアーがなかったので、日本の会社を通してわざわざ海外の旅行会社主催のツアーに申し込んだとのことだった。
(日本からの参加は、彼女一人だけらしい。そんなもの好きはさすがに日本にもほかにいなかったみたいだ。しかも彼女はとんど英語を話せないとのことだった。とくに同室になったイギリス人の女の子の英語は全く聞き取れないらしい)

ある意味、ツワモノだ。
彼女が参加しているツアーは冒険型ツアーらしく、かなりエキサイティングなところに行って、色々と経験させてくれるとのことだ。彼女はそういうことを純粋に楽しんでいるみたいだった。

人にとって冒険の定義は様々だが、少なくても自分にとっては、一人であるということが絶対条件だ。そして、その状況のなかで色々な人と知り合い、言葉が通じない不便さや時差ぼけするパソコンに悩まされながら困難に打ち勝つのが、僕にとっての冒険だ。

マチュピチュやイグアスの滝を見に、言葉が通じないその他大勢の人々と一緒に過ごすのは冒険というよりは、拷問に近い。本人が楽しければそれはそれでいいのだが、つい自分と彼女の立場を置き換えて考えてしまう。同じ国から地球の反対側にある国に来ても、その国に来た目的がこうも違うものかと感心させられてしまう。イグアスの滝やマチュピチュは僕にとってはただの記号にしか過ぎず、それ自体はなんの意味を持たない言葉だ。だけど、彼女にとってはそれは記号なんてものではなく、彼女の冒険を象徴する重要なキーワードなのだろう。

僕にとって意味があるものは、すでにあるものや語り尽くされたものではなく、自分だけにしか経験しえないことだ。そして、それをなるべく分かりやすい形に変えて、人に伝えることができたらと願う。マチュピチュやイグアスという記号は、もうその単語だけで十分に意味を為してしまい、それ自体に関して語ることはない。

究極的には、なにかを経験するためにどこかへ行く必要はない。周りの人間からニートと蔑まれながらも部屋に閉じこもり、「世界の素晴らしさ」を伝えられるくらい豊かな人間だったらわざわざ外に出る必要もないかもしれないが、そんな人はいない。(歴史上の人物でそれを試みた人間はたいてい発狂するか、のたれ死んでいる)

そういったことを考えていくとお金や責任、礼儀などという日常生活を支配している記号から逃れて、つかの間の休息とその日常生活を支配する記号以外の目的をおぼろげに感じるには、旅という妥協はいい選択だ。

彼女も僕も表面的には求めているものは違っても、本質的には似たようなものを求めているのかもしれない。彼女はマチュピチュやイグアスという記号に反応し、僕は出会いや旅先で過ごす時間そのものに反応する。どちらも日常生活を支配している記号から逃れたいと願い、つかの間の冒険を楽しみたいと願っている。どちらがより本質に迫っていけるかは、自分たちの日常生活をその経験を通していかに豊かにできるかということにかかっている。

佐賀県の女性は、その日の夜行列車に乗るということで足早に去っていったが、少なくても僕にとっては色々と考えさせられるいい出会いだった。
(彼女の名前も職業も聞かなかったが、縁があればまたどこかで会うことだろう)

明日はイグアスだ。
たまには世界にその名を轟かせている記号を見に行くのも悪くない。
それにそれがただの記号で終わってしまうのか、それとも意味を為すものにできるかは結局のところ自分自身にかかっている。

Not once, even twice!

まだ時差ぼけだろうか・・・・・いや、違う。昨日の体験で少し興奮しているのかもしれない。目が覚めたが時計を見ると、まだ朝の五時を少し過ぎたころだった。

六時過ぎまでは我慢していたが、もうこれ以上寝れそうになかったので、階下のダインニングルームへと降りていった。

当然、まだ誰も起きておらず、大きな犬と猫が一匹づつ優雅に寝そべっているだけだ。ネットでもやりながら時間を潰そうと、メールをチェックしていると、スカイプでロンドンに住んでいるゴウくんと繋がった。

ゴウくんは年末日本に帰国していたのだが、僕はブラジル行きの準備に忙しく結局会えずじまいだった。そんなゴウくんと年明けにブラジルで話すのも、妙な話だった。ゴウくんに早速、昨日の出来事を話すと「おまえ、よう気分が落ちへんな、おれやったら相当落ちてるわ」と言われた。

たしかにそれほど落ち込んではいなかった。泣こうが喚こうが、人生は続く。だったらどんなにいやなことがあっても、淡々と受け止めてなるべく笑っていたい。それに正直、それほど悲劇的なことではないという認識があった。ブラジルの一地方都市を旅して、たまたま訪れたレゲエクラブの便所で、黒人三人組に囲まれカメラを奪われることくらい、そのほかの世界中で起っている目を覆わんばかりの残酷でどうしようもないことに比べたら、それほど大騒ぎすることではない。

もちろん、これは結果論だ。殴られ蹴られ、腕の一本くらいへし折られていたら、そんな悠長な気持ちにならなかったかもしれない。だが、人生なんて所詮結果がすべてだ。僕は五体満足で、頭にたんこぶ作るくらいで切り抜けられた。それが重要な事実なのだ。
(ああ、でもけっして自慢できることではないが・・・・・)

「おまえ、それにしてもよく無事やったな。ふつう抵抗したら撃たれんで」とゴウくんに言われたが、なぜか襲われているときはそんなことは想像しなかった。ただ腹が立っただけだ。フィルムは大丈夫だったのかと聞かれたが、盗られたのはデジカメだったので、フィルムは無事だったと伝えた。それにデジカメのメモリは襲われる直前に換えたばかりだったので、「すごく運がよかったよ」と僕はゴウくんにいった。

「なるほど、おまえはそうゆうふうに考えるんやな」と言われた。

自分は人と比べて、それほどポジティブな人間かどうかそれほど確信は持てなかったが、たぶんそうなのかもしれない。そもそも人と比べてどうこうという思考回路がすでにない。自分の負うべき責任を負って、起ったことはくよくよせず何事も前向きに取り組む・・・・なんてことを書くと小学校の校長先生の訓示みたいだが、実際そんな感じで生きてきた。起こってしまったことはもう取り返しがつかないが、それに引きずられて今いる現実までも悪化させたくはない。僕は今この瞬間、まだブラジルを旅しているし、まだまだ旅は続くのだ。

ゴウくんとは一時間近くも話し、昨日から続いていた興奮状態も少しは収まった。ブラジルでロンドンにいる友人と話すのは変な気分だったが、これもネットのなせる業だ。

Brazil

その日はさすがに街中を散歩する気分にはなれず、ケリーと二人で近くのビーチに行くことにした。
(本当はその日に知り合ったドイツ人も参加する予定だったが、買い物をし過ぎて疲れたという理由で彼は来なくなった)

ビーチは相変わらずすごい人ごみで、泳ぎ気にはとてもなれず、ただ散歩した。日が暮れる前に市内に戻り、ホステルに帰った。

Brazil

シャワーを浴びてひと息ついたあと、食事に行くことにした。ダイニングルームにたまたまいた黒人のアメリカ人と、それにケリーの三人でレストランに行くことになった。だが、その黒人のアメリカ人が曲者だった。彼は四ヶ月もブラジルを旅しているバックパッカーで、お金がないらしい。普段はパンやバターを買い込んだりして、外食は控えているとのことだ。それはそれで本人の自由だが、僕たちがレストランに入って注文をする段になっても、彼はおなかが空いていないと言って、なにも注文しなかった。挙句の果てに、おなかが空いていないと言っておきながら、ちょっと席を外して近所でピーナッツを買ってきて、それを食べ始めた。それで飢えを凌ぐつもりなのだろう。そんなものを買うくらいなら、その場を取り繕うためにミネラルウォーターかなにかを注文して欲しかった。

そもそもなぜ彼が付いてきたのか疑問だった。ケリーに誘われたから付いてきたのは分かるが、レストランに行くことは分かっていたのにそこでなにも注文しないでずっとピーナッツを食べられたら、こっちの食事もまずくなってしまう。仕方がなく、来た料理を勧めても、それは頑なに拒むし、どうしようもない。

お金がないことは、それはそれで問題ない。それでもレストランに来たい気持ちもなんとなく理解できる。(おおかたケリー目当てで来たのだろう)だが、そこで明らかな空腹を紛らわすためにピーナッツを食うのは、非常に困る。「いやー、オレさ、金なくてさ。なにか食わせて!」と言われたら喜んで食わせる。彼がそんな愛嬌がある人間だったら、食事がどんなに楽しいものになっていただろう。

ふとゴウくんがとても仲良かった友人と絶交したときのエピソードを思い出した。あんなにいつも一緒にいて仲良かった二人なのに、どうして絶交したのかゴウくんに問い質したところ「あいつは男としての誇りがない」と言った。

その黒人がお金を持たないままレストランに来て、何も注文しなかっただけならまだ良かった。そして、その場を取り繕うために100円くらいの水かお茶なんかを注文して、「ちょっとおなかの調子が悪くて」と言っていれば、それはそれでOKだ。しかし、ピーナッツはだめだ。それはゴウくんがいう「男しての誇りがない」にぴったり合致する。

僕たちはなるべく手早く食事を終えて、帰路に着いた。すると、ケリーがなにやら僕に言ってくる。「彼が帰りにクレープ屋に寄りたいと言っているから、みんなで一緒に行きましょう」とのことだった。そもそも彼は空腹ではないという理由を付けて、レストランで食事を注文しなかったのではないかと思ったが、口に出しては言わなかった。三人仲良く彼が行きつけだといっているクレープ屋に行き、クレープが仕上がるのを待った。僕は途中で馬鹿馬鹿しくなり、早足でホステルに帰った。

ブッシュ政権のせいだけではなく、アメリカが嫌いになる理由がまた増えた夜だった。

Brazil

今夜はサルバドール最後の夜だ。
こんな最低な夜のまま終わらせることだけはしたくなかった。

ホステルに帰ったら、一週間ばかり前にこのホステルで働き始めたというアウガスティーナというアルゼンチン人の女の子と初めて話した。話がけっこう盛り上がったので、「ビールでも飲みに行かない?」と誘ったら「O.K.」と言われて、二人でホステルの前にあるバーに飲みに行った。

彼女は現代文学を専攻している大学院生で、まだ25歳だという。あとは卒業論文を書くだけなので、時間がありこうして旅をしているらしい。ホステルにはタダで泊めてもらう代わりに、一日八時間週六日働く契約をしているという。もちろん、給与は出ない。ほとんど奴隷みたいな労働条件だが、それでも働きたい人間がいるから、そういうことがまかり通っているのだろう。
(ホステルのオーナーであるマルコの彼女がアルゼンチン人で、アウガスティーナはその子の親友だという。その縁で彼女が、この仕事を紹介してくれたらしい)
彼女は世界中の作家のリストを作成しており、今日も知り合ったばかりのブラジル人から20人ばかり著名なブラジル人現代作家を紹介してもらったとのことだ。読まなくてはいけない日本人作家を教えて欲しいと言われたので、村上春樹、三島由紀夫、吉本ばななとスペイン語訳でも読めそうな有名な作家を挙げておいた。

お互い文学好きということもあり話が合い、世界文学に関して色々と語り合った。そして、そのうちサルバドールがいかに危険かという話になり、ホステルでは僕が強盗に襲われた話は誰もが知っていたので、その話を詳しく聞きたがった。

そんなわけで実は一度だけでなく、昨夜も襲われたことを話すと「Not once, even twice!(一度だけでなく、二度も!)」と言われて、大笑いされた。

Brazil, Augastina

アウガスティーナの笑いは底抜けに明るく、「なるほど、これは本当に馬鹿げた話だ」と思えてきた。
「一回襲われた話はいい話のネタになるけど、二回も襲われたらなんだか間抜け話しよねー」とどこまでも軽い口調で笑いながら言われてしまった。

これは国民性の違いだろうか?
僕が知っている日本人では最強の部類に入るゴウくんでさえ、あんなに親身になって心配してくれたが、華奢なアルゼンチン人の女の子には大笑いされてしまった。ここまで明るく笑われてしまったら、逆に気持ちがいいものだ。心配されるよりは、100倍気持ちがいい。

ひとしきり笑ったあと、アウガスティーナは急に真面目な顔になり「あなたは日本に帰ったら、ブラジルのことなんていうつもり?強盗に二度も襲われて、とても危険な国だったっていうの?」と聞かれた。

これは重要な質問だ。僕を通してブラジルを知る人が日本にはいるはずだ。いや、日本に限らず世界のどこかで会う人にブラジルの印象を聞かれたら、なんて答えるだろうか?

二回も襲われた僕だったが、それでもブラジルは好きだ。また来たいとも思っている。どこか憎めない国だし、それにブラジルの人々の陽気さには魅了される。アウガスティーナには「強盗に二回も襲われて生き延びたんだって、日本に帰ったら自慢するよ」と冗談めかして答えたが、あとでまたぜひとも旅したい国だと思うと言った。

アウガスティーナはちょっと心配そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って「わたしもブラジルは大好きよ。サルバドールに六週間いたあと、ブラジル全土を旅する予定なの」と言った。僕の今後の予定も聞かれたが、今日でサルバドールは最後だと伝えると少し残念そうな顔になった。ケリーたちと食事に行かずに、アウガスティーナと一緒にいったらどんなに楽しかっただろうと思ったが、あとの祭だ。それに終わりよければ、すべてよしということにしよう。

彼女が乾杯しましょうと言ったので、僕たちは乾杯した。
「ハーピー・バースデ!」とアウガスティーナが言ったので「なんだって?」と聞き返した。「だって今日は私の25回目の誕生日だもん」とさらりと言った。初耳だった。

「それじゃあ、お祝いしないと・・・・・・ケーキなんてなさそうだけど」
時計の針はすでに12時近くを指していたので、今からケーキを買うの無理そうだった。あわててビールを飲み干しホステルに帰り、部屋に戻った僕は彼女にプレゼントできそうなものを一生懸命探した。

あるのはメモリが一杯になったときのためにと買った最高級DVDR、それにNYの空港で買った英語の小説、それにフリスクぐらいだった。そのときはカメラのひとつもあげたくなっていたが、奪われたばかりだったのでもうあげられるようようなカメラは持ち合わせていなかった。

ちょうと部屋に戻ってきたアウガスティーナにその三つのプレゼントを渡すと、「ありがとう!でも私は25歳になったばかりだから、25個のプレゼントをもらわないといけないの。だからあと22個ね、よーく考えてね」と言われた。

彼女が一番気に入ったのが、フリスクで「これどうやってあけるの?」と興味津々だった。そんなアウガスティーナだったので25個のプレゼントはそれほど高くつきそうになかったが、どう考えてもこれ以上あげられるようなものは思い付かなかった。

「もちろん、冗談よ。気にしないで」と言った彼女の目にはどこか真剣さを感じたので、その期待に応えようと、三脚やらフィルムやら差し出したが、「それにあなたにとって必要でしょ」と言われて受け取ってもらえなかった。

いい夜だった。
笑いのおかげですべてが肯定され、二度も強盗に襲われたのがどこかポジティブな経験に思えてきた。アウガスティーナと過ごした時間は一、ニ時間ぐらいだったが、間違いなくブラジルで過ごしたどの夜よりも印象的だった。一生忘れることができない時間だ。

そういう時間を作り出せるブラジルと土地に感謝し、またそこまで足を運んだかいがあったと心底思った夜だった。

これだから旅はやめられない。

わが愛しのくそったれサルバドール

サルバドール行きのバスは午後1時発だった。
それまで名残惜しむかのように、レンソンスで写真をたくさん撮った。どの街にも固有のバイブがあり、それがぴたりと合うととても気分良く、そこにいるだけで幸せな気分になる。今までそういう気分になったのは数えるほどだったが、この街もそのなかのひとつに数えられる。

Brazil

強盗に襲われたりしたが、ブラジルという国に対しては非常に好感を持った。親切な人が多く、それよりも何よりも人々がどこか楽天的で、こちらの気分もそれにつられて明るくなる。ラテン特有の明るさといってしまえばそれまでだが、西洋にも東洋にもない独特のその天性の明るさに、惹きつけられる。

一生のあいだにどれだけ旅に費やすことができるか分からないが、できればずっと旅を続けたいと思う。旅自体が目的になることはなかったが、それに付随するものが自分に決定的な影響を与えてくれた。いや、たぶんいつしか旅すること自体が目的に変わってしまったのかもしれない。とくに行ってみたい国や、見たい場所などなくなってしまった。ただ遠くへ、見知らぬ国へ行きたいと思った。それは突き詰めて考えれば、なにかを体験するという能動的なものから、自分自身になにかを体験させるという、どこか俯瞰的な視点で自分を見るようになった。見知れぬ国へ行けば、なにかを体験せざる得ないという達観だ。そんなどこか冷めた割り切った考えで地球の反対側にあるブラジルに来てしまったが、この国が持つ熱にすっかり感化されてしまい、いつしかこの国の虜になってしまった。

映画を見るような気持ちでブラジルに来たものの、いつしか自分自身がその映画に出演することになってしまったかのような不思議な気分だ。

Brazil

ブラジルでの移動はいつも手探りだ。ポルトガル語が話せないと、受け取れる情報量が圧倒的に少ないので、サルバドールに直行するバスと思っていたのが、途中どこか違う街に立ち寄ったりするとそれだけで不安になる。そこが果たしてサルバドールなのか、あるいは違う土地なのか分からないし、ちゃんとサルバドール行きのバスに乗っているのかどうかさえ怪しく思えてくる。

Brazil

結局、僕が乗ったバスは予定通りサルバドールに到着した。時刻はすでに午後8時を過ぎていたから、あたりはかなり暗い。タクシーで以前泊まっていたホステルまで行き、チェックインを済ませた。「ウェルカムバック、ユウキ!」と言われて、少し嬉しかったがタチアナやほかにここで知り合った人はすべてチェックアウトしていたので、寂しくもあった。

荷物をベットに置いて、今回はどんな出会いがあるだろうと期待を持ってダイニングルームに行ってみた。そこで早速知り合ったのが、ケリーというカリフォニア生まれのアメリカ人の女の子だ。正直、彼女と初めて話したときは、東欧の国の人かと思った。それくらい英語を話すスピードと発音に違和感を覚えたからだ。そんな彼女の職業が英語の教師だと聞いて二度驚いた。

ダイニングルームに居たほかの人々はドイツ人同士とブラジル人同士と固まっており、僕たち二人は「その他」というカテゴリーだったので、二人で晩御飯を食べに行くことにした。

サルバドールの街は相変わらず騒々しく、街中はすでにパーティーのような状態だった。レンソンスのような静かな街にしばらくいたのでそれを新鮮に感じると同時に、非常に懐かしくもあった。

レストランでは以前にも食べたムケカという魚料理を食べた。ケリーとの会話は今まで出会った人たちと違い、映画やごく一般的な話題に終始しがちでいまいち盛り上がらなかったが、むしろそれが普通なのかもしれない。今までが恵まれていただけだろう。

Brazil, Kelly

食べ終わってもまだ早い時間だったので、どこか違うところへ行こうということになった。たまたま通りかかったところにレゲエクラブがあり、ケリーがレゲエ好きだということなので入ってみることにした。
(クラブといっても室内のクラブではなく、屋外にありとても開放的なクラブに見えた)

レゲエという音楽にまったく興味がなかったが、どこかその平和的な音楽に油断してしまった。ビールをすでに何杯か飲んだのでトイレに行きたくなった。そのトイレはやけに奥まったところにあり「ここで襲われたら堪らないな」と思っていたら、あっという間に三人に囲まれてしまった。

彼らの目当てはカメラであることは明白で、一心不乱にそれを奪おうと襲い掛かってきた。三人に前後挟まれた状態ではこちらはなす術はなかった。そのときはやけに冷静に、「なるほど間合いというものはかくも重要なものか」と分析した。

用を足しにいったときに先客が二人いて、あとから考えると不自然だがその二人は洗面器のところでなにか話し合っていて、なかなか便器に向かわない。それで自分が先に行って用を足してトイレから出るともう一人やってきた。そいつはTシャツに指を入れてそれを銃に見立てて「うーうー」と唸って脅された。このときばかりは本気で腹が立った。「おまえ、それ指じゃん!」と心のなかで突っ込みを入れて、またしても必死の抵抗を試みたが、後ろにいた二人に羽交い絞めにされてしまってはどうしようもなかった。

ある程度の距離が取れれば、こちらも心の準備ができたがこのときは出会い頭にいきなり来られたので、どうしようもなかった。「全く不幸というやつはいつも突然襲い掛かってくる」なんて陳腐なハードボイルド小説のようなセリフが思い浮かんだ。
小説や漫画なんて本当に嘘ばかりだ。人が襲われるときは、ただカメラを持っているというそれこそ本当に陳腐な理由で襲われ、挙句の果てには頭を殴られトイレの汚水まみれになっている床に倒されてしまう。

何事も起承転結を重んじる自分にとっては、まさに予想外の展開だった。ただ襲われたあとは冷静になり、このクラブにいるやつは信用ならないと判断し、すぐ表にいた警官を呼びに行きクラブへ連れ帰った。髭を生やした純朴そうな警官は銃を構えながらトイレや屋上などを捜索したが、犯人はもちろん見つからなかった。

今回ばかりは悔しかった。今回の旅のために買ったカメラをカメラバックごと奪われ、被害額は相当になる。ただそれよりも何よりも、また襲われた事実が腹立だしい。

何が起こったがさっぱり理解していないケリーに事情を説明し、一緒に警察署に行って被害届けを出した。奪われたカメラなどの保険を申請するときに必要だったので、盗難証明書も申請した。

ブラジルの警察署はこういうことには慣れているのだろう。手続きは非常に迅速だった。盗難証明書を明日取りに来ればいいことになり、僕たちはホステルに帰った。散々な夜だったが、頭の中では冷静に起ったことを振り返った。さすがに今回はちょっと油断していた。レンソンスがあまりに平和過ぎたのでその感覚のままサルバドールに来てしまった。それに一緒にいたケリーに気を使ってばかりいて、周囲の状況をあまり把握していなかった。心の隅には二人なら襲われることもないだろうという甘い考えもあった。また一人ではけっしていかないであろうレゲエクラブに行ったことがそもそもの過ちの始まりだ。

やつらはけっしてチャンスは逃さない。
そのことを思い知った夜だった。

ホステルに帰って、ケリーに一杯ビールをおごった。自分が飲みたい気分でもあったし、もう落ちるところまで落ちていたのでこれ以上のことはあるまいと開き直った。たった五日間のあいだに二度も襲われるなんて、なんてポピュラーな人間なんだろう。ブラジルに来て以来、男からも女からも逆ナンされてきたが、さすがに強盗からはもうこりごりだ。

このときばかりは日本の平和な夜が懐かしく思えた夜だった。

DAY TRIP

たしかに8時半が約束の時間だったはずだ。
しかし、迎えにくるはずのバスは10分待っても20分待っても来ない。
場所を間違えたのかと心配になるが、昨日予約した旅行代理店はここのはずだ。

9時を回って頃にようやくバスが来て、「ユウキ!」と呼ばれた。今回のツアー客には日本人は一人もいないようで、その名前が珍しかったのかもしれないが、自分の名前を呼ばれたときはちょっぴり嬉しかった。それで機嫌がよくなるなんて、人間なんて所詮現金な生き物だ。

バスといっても、12人乗りのワゴン車でかなり窮屈だった。すでに席についている人たちを見渡すと、総勢9名だった。僕の隣に座ったのはクリスというドイツ人で、その隣には彼の友人のセヴィーナが座っている。最初はドイツ人のカップルかと思っていた。しかし、話を聞くとセヴィーナはサンパウロ近郊の街に留学しており、ドイツに住んでいる頃からの友人だったクリスがブラジルに来たので、せっかく二人揃ってブラジルにいるのだから、一緒に旅行しようということになったらしい。

ツアーガイドの説明によると、今日のツアーでは四ヶ所回るとのことだ。洞窟や滝、それに湖や大きな崖など盛りだくさんらしい。ツアーに参加してから、ツアーの内容を知るのもなんとも間抜けな話だが、仕方がない。

最初に行ったのは滝がいくつか連なるところで、みんな水着に着替えて川に飛び込み非常に気持ち良さそうだ。当然、どこに行くかも知らなかった僕は水着なんて持参していなかった。気持ちよさそうに水に浸かる彼らを見ているだけで、それでも十分に気分が良かった。

Brazil, DAY TRIP

今回の旅のために購入したキャノンのG9というコンパクトデジカメで、適当に写真を撮っていると、それに興味を覚えたオランダ人のシージーが声をかけてきた。彼はカメラが好きなのか、あるいは写真を撮るのか好きなのか分からないがG9を手にとって「こいつはすごい!本当にいいカメラだ!」と感嘆の声を上げた。

坂道を登りながらG9を片手に色々といじくっていたシージーは急に怖くなったのか「落としたら大変だから、車の中でゆっくり見せてくれ」といった。
僕は「心配ないよ。万が一、落として壊したらぶち殺すから」と軽口をたたきながら、急勾配な坂道を登っていった。

シージーはリオで三ヶ月ほどNGOを通して歯科研修医として働いていたが、それも終わりこうして旅をしているとのことだった。大学はあと五ヶ月で卒業だけど、単位をひとつ残していて、それを取るためにオランダに帰ろうとすると、残念ながらリオのカーニバルには参加できないとのことだった。でもアムステルダム出身のシージーはそんなことはさておき、カーニバルには参加するとのことだ。いざとなれば、お金を払ってリオの医師に偽の診断書を書いてもらい、病気でどうしても授業に参加できなかったというつもりらしい。

自分が彼でもそうすると思う。歯科の先生方は堅物が多く、授業を一回でも欠席すると単位を落としてしまうこともあるという。一生のあいだにリオのカーニバルを参加できる機会なんてそうないだろう。偽の診断書で騙せるほど甘くはないかもしれないが、彼はとても愛嬌があるのでなんとかなるのではと思った。
(ふと宮本輝は「成功するには運と才能ともう一つ。運だけではダメ、才能だけでもダメ、運と才能が揃ってもまだダメ。そこに愛嬌がプラスされなければダメだ」と書いていたことを思い出した。たしかにそうだろうなと思う。だがよくよく考えてみるとひどく残酷な話だ。いくら努力してもその三つとも手に入らないのだから)

リオに三ヶ月滞在していたシージーは29歳で、サンパウロ近郊に留学しているセヴィーナは26歳とのことだった。ドイツでエンジニアをしているクリスもシージーと同じ29歳とのことだった。ヨーロッパの人は、自分の完成に時間をかけるなと思う。どの人もそれぞれが辿ってきた道が異なり、個性に富んでいる。自分と他人をあまり比較しない文化で育った特権だろうか?

車に乗り込み、次の目的地に向かう。
次は洞窟探検だ。生まれて初めての本格的な洞窟探検だった。それはそれで感慨深いものがある。こういうところでは一人では絶対来ないので、ツアーに参加してよかったなと思った。

Brazil, DAY TRIP

洞窟のあとは、湖に寄って近くのレストランで昼食を取り、最後は夕日がきれいだという崖をみんなで登った。

へんに観光地化されているところに来ると、どうすればいいか戸惑うことがある。本当に心を打つ風景の場合、素直に感動するだけだが、それ以外の場合はただなんとなく時をやり過ごすことが多い。今回は気の合う人たちと色々と話しながら、やれ洞窟や湖だと回ったのでそれなりに楽しめたが、それは運が良かったというべきだろう。

Brazil, DAY TRIP

本当に壮大な風景などは本来ならば誰かと一緒に見るべきなのかもしれない。だが、優れた写真家は、実際にそこに行ったことない人でもあたかもそこにいるかのような、あるいは同じことを体験しているかのような再現性を持ったイメージを捉えて、我々に提示する。アニー・リーボヴィッツやジョナス・ベンディクセンはそういった写真家たちだ。彼らの写真を見ていると、写真というのはそのとき撮影者が込めた感情までも見事に写し出すのだなと感じられる。

光や構図よりもなによりも、その瞬間を捉えるということがいかに重要か最近よく考える。

その瞬間を捉えるには常にカメラを持って歩かねばならず、そういった意味では運も才能もそういった小さな努力の積み重ねなのかもしれない。
(それでもやはり愛嬌だけはどうにもならないが・・・・・)

夕日を堪能した僕たちは崖を降りて、車へと戻った。
ここがツアーの最終地点だった。

Brazil, DAY TRIP

仲良くなった僕たち四人組みはせっかくの縁なので、一緒に晩御飯でも食べようということになり、それぞれのホテルに一度帰りシャワーを浴びてから落ち合う約束をした。

最初の夜にカイとカイピリーニャを飲んだレストランで食事をすることなり、僕たちはいくつかの肉料理とサラダを注文した。話の中心はやはりシージーのリオ滞在生活で、彼が大晦日のパーティーに呼ばれた話を聞かせてくれたり、南米の女の子違いについて色々と語ってくれた。

(ビデオでシージーが話している内容は、大晦日に一年間南米を旅しているスコットランド人の女の子8人組みのアパートでパーティーがあり、そこに行ったが女の子たちは完全に出来上がっており、なんともひどい夜だったとのことだ。まあ、8人の女の子が一緒に旅しているという時点でどうかしていると思うが)

彼がブラジルの女の子がいかにアルゼンチン人の女の子と比べて開放的かと語っていると、セヴィーナがブラジルで見たドキュメンタリー番組の話をしてくれた。その番組はクラブに踊りに行く前の女の子をインタビューして、果たしてその女の子たちがクラブで何人の男とキスをするのか、という馬鹿げたことをドキュメントする番組だったらしい。結果は、最高で一晩40人の男とキスをした女の子がいたとのことだった。

シージーも「ほんと、そのとおりなんだよ。こっちにキスをしていたと思ったら、次の瞬間には違う男とキスしているから、すごく混乱してしまうよ」とそのドキュメンタリー番組の正しさ自らの体験を持って証明してくれた。

このままブラジルに住むのも悪くはないかと思い始めていたが、ポルトガル語ができない自分はいいカモになるのがオチなので、それは断念した。

シージーは深夜のバスで次の目的地に向かうということで、せっかくの金曜日の夜だったが、その日は早めに解散した。

明日はいよいよ再びサルバドールだ。
わがくそったれサルバドール。
この平和な日々とお別れだと思うと、いくぶん感傷的になったが、もうすでにサルバドール発イグアス行きのチケットを予約しているので、明日サルバドールに向かわなければならない。

今日で平和な日々とはお別れだ。

残りの旅路

当初はレンソンスに二日ほど滞在して、サルバドールに戻る予定だったが、滞在を一日延長した。一日どころか、もうニ、三日滞在してもいいと思ったが、このあとの日程がきつくなるので、それは諦めた。

レンソンスは豪華な朝食で有名なところで期待していたのだが、ホテルで出された朝食はひどく質素でがっかりした。このホテルは、イギリス人がオーナーで自分以外のほとんどの宿泊客はイギリス人だ。ひとつの国の人が固まると、ほかの国から来た人間はなんだか疎外感を感じてしまう。日本人宿に泊まる外国人も、同種の感情を感じるだろう。そんなこともあり、宿を変えようと思った。

ホテルでは朝食を取らず、街のレストランで朝食を取ることにした。そのついでにほかの宿を物色してみよう。幸いなことにレンソンスには素敵なプザーダ(日本で言うところの民宿に近い)が多い。

Brazil, レンソンス

坂道を下り、街の中心へと向かう。
たまたま見つけたレストランで朝食を注文する。出された朝食は一人で食べきれないほど量が多く、とてもおいしかった。

おなかが一杯になったところで、レストランを出て宿を求めて、あたりを歩き回った。ひとつ良さそうなプサーダを見つけたので、なかに入って空きがあるかどうか聞いてみた。するとおばさんがポルトガル語で色々とまくし立てた。おばさんの発するポルトガル語の単語はどれひとつ分からなかったが、言っていることはなんとなく理解できた。

「あんた一人?あいにくうちはニ、三人用の部屋しかなくてね。悪いね。だけど、そこの角を曲がってニブロック行った先に、違うプサーダがあるからそこなら一人でも泊まれるから行ってみな」というようなことを、身振り手振りを交えて言っているような気がした。

言葉というものは不思議なものだ。
おばさんのように、こちらが理解できると確信を持って話されると、その期待に応えるべく脳みそから自分の感覚的なものすべてを使って理解しようと努力する。そうすると、不思議なことに単語自体はよく分からないが、それに込められた感情的なものから、少しは意味を理解できるようなる。

おばさんの言われたと通りに宿を出て、角を曲がってみた。たしかにその通りにはいくつものプサーダがあった。ただ同じ通りにレストランなども軒を連ねているので騒音が気になる。もう少し静かな場所にある宿を探した。
しばらく歩くと、キャンプ地とプサーダが一緒になっている宿を見つけて、そこに宿泊することにした。料金もサルバドールのホステルと同じくらいだった。

Brazil, レンソンス

昨日滞在していたホテルから荷物を移し、たまった洗濯物を洗って干した。キャンプ地も兼ねているだけあって、敷地が広大だ。ここなら夜は静かだし、街の中心にも近いので絶好のロケーションだと思った。

宿を変えた理由のひとつは、昨日泊まったところが街の中心から離れており、昨夜カイと別れたあと、とぼとぼと一人で歩いて帰ったのだが、いつのまにか野犬が闇に紛れて近寄ってきて、すっかり周りを囲まれてしまったのだ。とくに威嚇しているわけではなさそうだったので、その場でじっとしてやり過ごしたのだが、そんな思いをするのはもうごめんだった。

日はすっかり昇り、強烈な光が石畳の道を照り付けている。レンソンスには高い建物がひとつもないので、光を遮るものもなく、その強烈な太陽光をまともに受けてしまう。けれども、サルバドールで感じた光よりは、心なしか優しい気がする。この牧歌的な雰囲気が光さえも弱めてしまうのかもしれない。

ランチを取ったあと、とりあえず宿に戻って休憩しようと思い、レストランから出る。すると、後ろから「エクスキューズミー」という声が聞こえ、呼び止められた。振り返ると、黒人女性がひとりでカイピリーニャを飲んでおり、「どこから来たの?」と英語で話しかけられた。

彼女はイギリス人でロンドンに住んでいるという。レンソンスには昨日着いたばかりだけど、今日の夜にはバスに乗ってサルバドールに向かうとのことだった。彼女の休暇は二週間しかないので、かなり駆け足で旅をしているようだった。レンソンスに来る前は、イグアスの滝を見に行ったとのことだった。その感想を聞くと「そうね、行く価値はあるわ。それにせっかくここまで来たのだから、行くべきだと思う」とのことだった。

Brazil, レンソンス

正直、ブラジルに来るまではイグアスの滝など行くつもりはなかった。ただの観光地だろうとたかをくくっていたのだ。しかし、イグアスの滝に行ってきた旅行者が口を揃えたかのように「行って良かった!」というので考えが変わった。当初はアマゾンに行こうと思っていたが、そうなると旅程的にかなりきついものになってしまう。その代わりに、イグアスの滝に行くというのは悪いアイディアではないなと思った。

彼女と別れたあと、インターネットカフェに行って、イグアスの滝までの飛行機を調べてみた。距離的にはかなり遠いが値段は思ったほど高くはなかった。明後日、サルバドールに戻る予定だったが、今度はサルバドールに到着するのは夜になる。となるとサルバドールには二日滞在する必要がある。それからイグアスの滝を目指そうと思い、4日後のサルバドール発、リオ経由、イグアス着のチケットを予約した。

これで残りの旅の予定は確定したので、なんだかほっとした。
その足で旅行代理店に行き、ついでに明日の日帰りツアーに申し込んだ。先ほど会った黒人女性が、近くにある国立自然公園を回るツアーも良かったと言っていたので、それに参加することにしたのだった。旅行代理店の女性は英語がほとんどできないので、詳細はよく分からなかったが、明日八時半にこの店の前に来ればいいことだけは理解した。

Brazil

レンソンスは本当に小さな街なので、昨日今日でほとんど歩き尽くしてしまった。それでも、この街を歩くのは楽しい。何度も通った石畳の道を、行ったり来たりし、川辺に出て橋を工事している人たちの写真を撮ったりした。カメラを持つと、一人旅ではそれが目的となり、また旅の供になる。僕が行った場所は、このカメラを通してでしかほかの人は知りえない。それが自分にとって一人旅の醍醐味でもあり、旅に出る理由でもある。

日が暮れると、シャワーを浴びに一旦宿に帰り、夜ご飯を食べにまた街へと繰り出した。色々と見て回るうちにどのレストランに入るか決めかねて、結局昨夜と同じレストランに入った。
(たぶん、ウエイトレスが可愛かったことがいくぶんか影響していると思う)

パスタを食べ終え、宿に帰ると離れにあるレストランから明かりが漏れていたので寄ってみた。バーはまだオープンしていたので、ビールを注文しカウンターに座った。目の前では、フォトジェニックな子供が黒人の女の子と遊んでいたので、カメラをビデオに切り替え撮影した。

明日はのんびり観光するつもりだ。
日帰りツアーなんて柄ではないが、たまにはそういうことをするのもいいのではと思った。きっと気の合う人に知り合うこともあるだろう。

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