Posted
on 2012.1.22, 12:31,
by yu-ki,
under
diary.
人は誰でも夢を描くし、当然自分ももっと若い頃はたくさんの夢があった。まずは世界を旅をしたかったし、そのために英語を話せるようになりたかった。そして、22歳になる頃にはある程度世界を見て、英語で不自由なくコミュケーションを取ることも出来るようになった。
それから、かなり迷走した。
それまであまりに生き急ぎ過ぎたたので、その先自分自身どのように生きていけばいいのかよく理解していなかった。仕事としてとりあえず「写真を撮る」ということを選びはしたが、一生の仕事としては不服だった。もっとうまく何かを表現したかったし、より多くのことを伝えたいと思っていた。
そうして30歳を過ぎる頃にソーシャルビジネスという仕組みを知り、そのアイディアに夢中になり、起業した。それでもやはり満たされなかった。留まることは苦手だ。常に僕は動いていたい。そうしてまた、去年日本を飛び出しパーマネントバケーション(終わりなき旅)に出た。
人はせいぜい数週間、数年単位で旅をするが、僕は数十年単位で旅をしたいと思っている。残りの人生、なるべく動きまわっていたい。人は100%満足するために生きているのではない。むしろ人は100%満足しないために、生きている。満足したら、もうそこで成長は止まるからだ。
とりあえずは飢えない程度のお金を稼げる仕事と、動けるだけの自由を手には入れた。もちろん、これがいつまで続くは分からない。しかし、今の状態が自分が思い描いた夢の人生かと言うと、そうではない。究極的には自分自身の存在にはあまり興味がない。ただこれから自分が何を為すかということに注目している。
時々、思うのだが、人生はなにか直線的な努力の産物ではなく、一瞬の決断によって大きく変化するダイナミックな曲線を描くものだと。
多くの人は無自覚に漠然と明日のために努力が必要だと思っているが、じつはそうではない。チャンスは一瞬しかないのだ。例えるならば、すべてのサッカー選手がゴールを目指してプレイするように、本当は我々はみんなひとつのゴールを目指して戦うべきなのだ。
それぞれの役目に忠実にいながら、いつかはゴールを決められるように日々鍛錬し、感覚を磨く必要がある。才能や環境に違いはあるが、それぞれの立場に応じたチャンスは必ずくる。そのときに迷わずにボールを打ち抜けるかが人生のキモなのだ。
そのような意味では人生はいたって平等だと思うし、不平不満を言う権利は我々にはない。一生に決められるゴールなんて、どうせひとつかふたつだ。そのことを自覚し、いかに心構えをしているかが勝負の分かれ目だ。
自分の人生を自己評価するならば、当然今までの人生はノーゴールだ。チャンスはあったが決められなかったゴールもある。それでも諦める必要はない。最後は体力勝負だ。必死に動いてパスを引き出し、スライディングタックルをかまして相手からボールを奪うことも時には必要かもしれない。
泥臭くていい、最後に自分が満足出来るようなゴールをひとつでも決めたい。
僕はどうしようもなくザ・スミスが好きだ。より正確に言うと、モリッシーを愛している。
10代の後半は毎日、彼の音楽を聴いて過ごし、19歳の頃にスコットランドの首都エディンバラに留学しても、毎日聴いていた。その頃、一番仲良かったイギリス人のサイモンは「スミスは思春期の頃に聴く音楽だけど、ユウキは30、40過ぎても聴いているだろうね」と予言をしたが、実際そのとおりになった。
Please please let me get what I want.
そして、なぜかここブエノスアイレスでは彼のファンが多いのか、レストランやショップ、それにバーに入るたびに彼の音楽が聞こえてくる。今日もとあるショップに入ったら僕が一番好きな曲である「Please please let me get what I want(どうか僕の欲しいものを手に入れさせて)」という曲のカバーがかかっていた。
この曲は「Hatful of Hollow(帽子いっぱいの空虚)」と題されたコンピレーションアルバムの最後に収められている一曲だ。スミス最高の名曲という人も数多い。
しかし、僕がエディンバラに留学する直前に彼が出した「Vauhall & I(ボックスホールと僕)」というアルバムを聴いて、それまでは彼の世界にどっぷりと浸かっていたが、それからは卒業した。このアルバムは「一人のアーティストが辿りつける極限の高みに達している」と自分なりの評価を下し、例えるならばゴダールのようなどこか孤高の存在として、今後もずっと見守っていこうと強く思わせたアルバムだった。
Now my heart is full
「Now my heart is full(僕の心は満たされている)」と題された曲を聴いても分かるように、それまでの悲壮感と絶望にブラックユーモアを交えた歌詞ではなく、どこか悟り切った一種の安堵に満たされた世界がこのアルバムには宿っている。なにせモリッシーのファーストソロアルバムのタイトルは「VIVA HATE(憎しみ、バンザイ!)」なのだ。それから比べれば、彼が人間的にどれほどまでに変わり、またあるひとつの高みに達したか分かる。
伊坂幸太郎の処女作「オーデュボンの祈り」では、その完全の調和に満たされた世界が、じつはひとつ大事なものが欠けていると示唆される。主人公はそれがなんなのか分からず苦悶するが、それが最後には「音楽」だと明かされる。
音楽なしの人生なんて想像出来ないし、モリッシー抜きで辛い思春期を乗り越えることは出来なかっただろう。耳にはスミスを、手にはニーチェの本を持って、なんとかやり過ごした日々だ。そうして、僕は世界へと旅に出たわけだが、きっとあの頃がなかったら今の自分も存在しないわけで、一生懸命に音楽や文学、それに哲学の世界を探索したその頃の自分自身には感謝している。
Posted
on 2011.10.14, 09:37,
by yu-ki,
under
Life,
diary.
日本から友人が来て、一週間滞在して、そして日本へと帰っていった。もう10年もの付き合いなので、お互い長い付き合いなのだが、今会ってもそれなりに新鮮な発見があって面白かった。
とある年上の知り合いが「僕は自分と同世代の人間とはあまり付き合わない。もう40歳も過ぎると頭が凝り固まって、面白くない人間が多いからね」と言っていたのをふと思い出した。
幸いにも自分には何人か今でも付き合いのある同世代の友人がいるが、それでもやはり30歳を超えたあたりで、人間は極端につまらなくなる人間とそれでも面白い人間の二種類に分れるなと思う。
自分自身の場合、20代までは正直、人間的にあまりも未成熟で人に迷惑をかけてばかりだった。しかし、30歳を過ぎたあたりでそれなりに分別も身に付け、35歳で起業してから物の見方が随分と変わった。その間、友人は目まぐるしく入れ替わっていったが、それでも未だに付き合いのある人間は何人かいる。
それだけでもありがたいことだと思う。
「人は変わる」
このようなシンプルな事実に人があまりに無頓着であることに驚く。そうして、周りの人間がどんどんと変わっていっていることに気づかず、取り残される人間も出てくる。それでも、人間関係を続けることもありだと思う。学生時代の友人などはそのような部類に入るかもしれない。昔話をするのもたまにはいいものだ。
それでも僕はやはり、自分よりもはるかにレベルの高い人たちや刺激的な人生を生きている人たちと時を過ごしたい。
そのような人たちと出会いたいがためにブエノスアイレスくんだりまで来て、自分の人間関係を一度リセットしたのかもしれない。別にブエノスアイレスに格段優れた人物がいるとは微塵も思っていないが、外から日本を見つめることによって、もっと自分の人生をシビアに見れるし、人間関係についても色々なしがらみを断ち切ることが出来る。
場所はどこでもいい。結局のところ、人生はすべて自分で決断すべきものだ。その環境に応じて自分をいかに変化させ、進化させることがより重要だ。そして、自分自身が進歩出来ないのであれば、そのような環境からは抜け出すべきだろう。
成功を手に入れたいとかお金持ちになりたいとか、まあどうでもいい。何よりも重要なのは、「いかに人生を楽しみ、楽しむために自分自身をどのように進化させるか」だと思う。
環境は人を成長させることも出来るし、退化させることも出来る。そして、それについていかに自覚した行動を取り、自分の成長の度合いに応じて、高負荷をかけていくかだ。
人生は一度きりだし、100人いれば100通りの人生がある。その人にとっての「成功の定義」も100通りある。自分にとって成功の定義を何かと問われても正直困るが、それでももしかしたらこういうかもしれない。
死ぬ瞬間「あーあ、楽しかった」と言えたらいいなと。
ブエノスアイレスに住み始めて、すでに三ヶ月が経過した。
久しぶりな海外生活なので、とても楽しい。自分にとっては「外国人」という立場でいることは、とても心地が良いことなのかもしれない。アルゼンチン人に会うと必ず訊かれるのが「どうしてアルゼンチンに来たのか?」という質問だが、それには「どうして日本のような先進諸国から、アルゼンチンのような第三世界に来たのか?」という意味も暗に含まれている。

先進諸国とか第三世界というようなくくりはあまり意味を持たない。肝心なのは「その場所が自分にとって有意義な場所かどうか?」だと思う。ブエノスアイレスという土地は今のところ、自分自身にとってはとても有意義な場所として機能している。それがいつまで続くかは分からないが、きちんと機能する限りは、ずっと居続けようと思っている。
僕は旅に倦んでいる。あっちこっち行くのも飽きたので、どこか一箇所に滞在して、じっくりとその国を経験したい。それをスタートする場所としては、ブエノスアイレスはとてもいいところだ。「ブエノスアイレスに滞在したあとはどこへ行くのか?」とよく訊かれるが、そのあとのことなど何も考えていない。今、この場所にいることに満足しているのに、その次の場所なんてことは考えることは出来ない。

ほかの人たちから見たら、僕はただの旅人だ。この国、この土地にいる理由は何もない。いつでも旅立つことは出来る。けれども、せめてこの国に住んでいるときくらいは、浮気もせずに、一途にこの国を愛したい。それが僕にとっての、「住む」ことと「旅をする」ことへの明確な差だ。
何も具体的に留めるものがないからこそ、この土地に留まるためには愛することが必要だ。それは人間関係にもそのまま当てはめることが出来る。誰だって自由に人と一緒に過ごすことは出来るが、留まるためには愛することが必要だ。

僕はそのようにして、同じ土地に留まり、また同じ女性に留まるのだろう。
Posted
on 2011.3.26, 11:59,
by yu-ki,
under
Life.
きっかけは去年行ったインドネシアのロンボク島だった。
何もない辺鄙な島だった。そこでスカイプを使って仕事の連絡を終えたとき、ふと気づいた。「この島で仕事出来るのならば、世界中のどこに行っても同じように仕事が出来るのでは」と。
それから、シンガポール、マレーシア、フィリピン、台湾、そしてオーストラリアを旅して、何のストレスもなく、日本にいるときと同じ生活のリズムで仕事をした。
先月行ったオーストラリアは、具体的に住む場所を探すつもりで行ったのだが、あまりの物価の高さと、賃貸物件を見つける難易度の高さに住むのを断念した。
(シドニーの1DKや2DKの賃貸物件には、1つの物件に20人くらいが殺到して、オーナーが気に入った借主を選ぶという)
そして、ふとブエノスアイレスに住もうかと思った。「南米のパリ」と呼ばれている、その街に以前から興味があった。また英語以外の言語習得にも興味があったので、スペイン語の勉強に打ち込むのも悪くないアイディアだと思った。なんなら、ワンズワードオンライン・スパニッシュでも立ち上げようかとさえ思っている。
ワンズワードの成長は、自分自身の成長がないとあり得ない話しだし、そろそろ変化が必要だと感じていた。イギリスから帰国してすでに10年以上が経ち、東京という街にも飽きてきたのも影響している。ブエノスアイレスに永住するつもりはないが、しばらく違う空気にあたって、全く別の生活様式のなかで自分を順応させる努力をしてみようと思う。
チケットを予約し、不動産屋には3月末に退去することを伝え、すべての準備を整えたあとに震災が起きた。ブエノスアイレスに行く決心は揺らいだが、「東京に居続ける自分」と「ブエノスアイレスにいる自分」の社会への貢献度にたいして変わりがないという現実を見つめた。結局は、震災で困っている人たちに取ってみれば、自分はすこぶる役に立たない存在なのだ。
昔からずっと旅をし続けることが夢だった。今こそそれを叶えるときだ。
まずは1年、自分に時間を与えてみようと思う。今持っている「日本の役に立ちたい気持ち」をずっと持ち続ければ、1年後にはもっと貢献できる方法を見つけることができるかもしれない。
少しづつ、自己実現を果たしていけば、いずれは花が咲くかもしれない。今のままではそれが実現することはないと自覚している。
1年後、東京にいるのか、うらびれたメキシコの海沿いの街に腰を落ち着けているのか想像できないが、1年前にはブエノスアイレスに行くなんてことは想像すらしていなかったわけだから、これからどうなるか楽しみだ。
人には留まり続けて何かを得る時期と、動かないと何も得られない時期がある。イギリスから東京に戻って住むことは甚だ不本意なことだったが、今ではその決断は間違っていなかったと思う。途中で投げ出して、またイギリスに帰ることも出来たが、思い留まった。そうして、世界を旅する環境を手に入れたのだから、結果としては悪くない。
想像可能な未来よりも、想像不可能な未来を手に入れたい。そういう生き方でしか、生きている実感は得ることが出来ないから。